自分が上がって行って、あの女の子を武内衍の側から追い払いたいだけなのに、何を言い訳しているのよ。まるで葉山千恵が彼女を初めて見たみたいな言い方ね?
千恵は言葉を失い、口にくわえたストローを噛みながら、踵を返して歩き去った。
彼女の豊富な経験から言えば、永川安瑠がこうして行ったら、間違いなく衍に半時間はまとわりつくだろう。ここで待っていても、夜が明けるまで安瑠は彼女のことなど思い出しもしないだろう。
色に目がくらんで友を忘れる、まさにあの馬鹿女のことだ。
そして「色に目がくらんで友を忘れる」というレッテルを貼られたその当人は、今まさに嬉々として衍の前に駆け寄り、周囲の驚いた視線とその女の子の驚愕の表情の中、衍の腕に自分の腕を絡ませ、甘ったるい声で言った。「ダーリン、お待たせ。さっきトイレでちょっとお化粧直ししてたの。気に入った?」
周囲の人々:……
お嬢さん、私たちが目が見えないとでも思ってるの?あなたの顔は真っ白で、どこをどう見ても化粧した様子なんてないじゃない。
でも待って、彼女は今、この男性のことを何て呼んだ?
ダーリン?!
この呼び方に、その場にいた全ての少女の心が砕け散った。今、彼らの目の前にいるその女の子でさえ、信じられないという様子で目を見開いていた。この男神様が、なんと、なんと既に奥さんがいるなんて!
「あ、あなたたち!」女の子の涙がついに溢れ出し、怒りに満ちた目で二人を睨みつけると、踵を返して走り去った。
後ろからはざわめきが聞こえてきた。既に奥さんがいるなら、彼女たちがここで恥をかくことはないじゃないか。浮気相手になるつもりなの?
すぐに、焼肉店内の女の子たちの大半が店を出て行った。店主の心臓が痛むほどの光景だった。
安瑠はにこにこと女の子たちが去っていくのを見つめ、目元を細め、その表情には狡猾さが滲んでいた。ふん、私、永川安瑠から男を奪おうだなんて?私より厚かましいとでも思ってるの?
安瑠が得意げにしていると、振り向いた途端、衍の冷たく深い黒い瞳と目が合った。その瞳には細かな冷光が煌めき、彼女の瞳を真っ直ぐに捉えていて、思わず身を縮こませてしまった。
そして、彼の澄んだ魅力的な声が響いた。「ダーリン?」