第62章 薬を塗る

藤原宴司はソファから起き上がった。

茫然と周りを見回し、自分が帰ってきてソファで眠ってしまったことにようやく気づいたようだった。

宴司は振り向いた。

深谷千早がダイニングテーブルで電話を受けているのが見えた。

山本さんは彼が目を覚ましたのを見て、急いで言った。「旦那様、お目覚めですか。ちょうど夕食の時間です。さっきはお起こしするつもりでしたが、奥様がお休みの邪魔をしたくないとおっしゃって」

千早は彼の休息を邪魔したくないわけではなかった。

彼女はただ純粋に彼と一緒に食事をしたくなかっただけだ。

それでも彼は立ち上がり、食卓へと向かった。

千早は彼を一瞥した。

彼女は箸を置き、電話を持って脇へ移動した。

彼に対する拒絶を少しも隠そうとしなかった。

宴司の喉仏がかすかに動いた。

千早の後ろ姿を見つめながら。

彼女は片手で電話を持ち、もう片方の手で腰を支えていた。

時折腰をさすることもあった。

明らかに腰の傷がまだ痛んでいるようだった。

「千早、藤原蘭ジュエリーの晩餐会に行くの?」小林温子が尋ねた。

千早は眉をひそめた。「晩餐会?知らないわ」

「宴司が誘ってくれなかったの?」温子はまた怒りを抑えているようだった。「全国民が招待状をもらったのに、私のパパまで一週間後に一緒に行こうって言ってるのに、あなたはまだ知らないの?!」

「それって普通じゃない?」

「宴司のバカ、一体何を考えてるのよ!本当に理解できない!あの夜、彼があなたを追いかけて夜宴を出たのに、二人の関係に何の進展もないの?」

「私と彼に進展なんてないわ。私たちはただ離婚するだけよ」千早は確信を持って言った。

食卓に座っていた宴司は、明らかに彼女の方を何度か見た。

千早はあまり遠くへは行かなかった。腰が痛く、歩くとさらに痛かったからだ。

だから彼女の電話の声は、宴司には簡単に聞こえていた。

「離婚、早く離婚して!」温子は苛立たしげに言った。

「うん」千早は微笑んだ。「もう切るわ、食事中だから」

「バイバイ」

「バイ」

千早は電話を切り、少し迷った後、食卓に戻った。

人は鉄、飯は鋼。

宴司のせいで自分を罰する必要はない。

そんな価値はないのだから。

「佐藤民夫は今、行方不明だ」宴司が突然口を開いた。

千早の瞳が一瞬止まった。