藤原宴司はようやく深谷千早を抱き出すことができ、急いでタクシーから離れた場所へ彼女を移動させた。
事故後は車体の自然発火や爆発が起こる可能性があった。
「運転手さん……」千早は弱々しく注意を促した。
「人を助けようとするのか?お前がさっきどれだけ危険な目に遭ったか分かってるのか?!」宴司の表情は極限まで冷たくなっていた。
声は大きく、怒りを隠せなかった。
しかし千早を抱きかかえる彼の手は、思わず震えていた。微かで抑制された震えが……
千早は黙ったままだった。
今夜の事故は、確かに彼女のミスだった。
彼女はさっき見たのだ。ずっと探していた人を。
一目だけでも、間違いなく彼だと確信していた。
だから夜宴から狂ったように飛び出し、その人が乗った車を必死に追いかけたのだ。
しかし先ほどの事故で、結局見失ってしまった。
千早は目を伏せた。
大きな喪失感と苦しさで、思わず目が赤くなりそうになった。
宴司も彼女の感情の変化に気づき、「大型トラックの運転手が助けに行った」と言った。
そして立ち上がり、携帯を取り出して救急車と警察に電話をかけた。
救急車はすぐに到着した。
千早と事故に遭った運転手は担架で運ばれた。
宴司も一緒に救急車に乗り込んだ。
「私一人で病院に行けるから、あなたは帰って」千早は言った。
宴司は冷たい表情で千早を見つめた。
千早は彼を見ようとしなかった。
今は気分が悪く、一人で静かにしたかった。
沈黙の中。
宴司が突然「俺も怪我の処置をしに病院に行く必要がある」と言った。
千早の目が微かに動いた。
彼女は宴司の方を向いた。
その時初めて、彼の白いシャツにいつの間にか点々と血が付いていることに気づいた。
考えるまでもなく、彼女を救う時に負った傷だった。
千早は唇を噛み、結局何も言わなかった。
死のような静寂を保ったまま。
救急車は病院に到着した。
千早は救急処置室に運ばれ、必要な検査を受けた。
約1時間後、彼女は車椅子に乗せられて医療スタッフに救急処置室から押し出された。
宴司はもう入口にいなかった。
看護師が廊下に向かって「深谷千早さんのご家族はいらっしゃいますか?」と呼びかけた。
千早が家族はいないと言おうとした時、
聞き慣れた声が一方から近づいてきた。「います」