第112章 好きなら、奪いに行け

彼女の体は酷く震え、まるで氷点下の世界に置かれたかのようだった。

彼女が何年も好きだった人の目に、なぜ自分の姿は映らなかったのだろう？

以前から彼の目には伊人しか映っていなかった。三人とも幼い頃から一緒に育った幼馴染なのに、彼は伊人だけを特別に気にかけ、愛情を注ぎ、大切にしていた。

彼女はずっと、星野寒が伊人と結婚し、永遠に伊人を手のひらに乗せるように愛し、守ってくれると思っていた。

伊人は不治の病を患っていたが、その美しい容姿と才能、そして穏やかで従順な性格によって、彼女と伊人の間には代え難い友情が生まれていた。

彼女は知っていた。一生かけても、寒の心の奥底に入ることはできないと。

だから、彼女の幼い頃からの願いは、寒と伊人が一緒になることだった。

手に入れられないものを、彼女は望むことすらできず、ましてや伊人と寒を奪い合うなど考えもしなかった。

この二人は、彼女の人生において非常に大切な存在だった。一人は親友であり心の友、もう一人は長年深く愛してきた男性。

しかしその後、運命は彼女の期待とは正反対の道を進んだ。寒は伊人を妻にしなかった。

代わりに葉田初陽という少女を娶った。恋愛から婚約、結婚まで。

六年間、寒は初陽が成長するのを、大学を卒業するのを待ち、そして晴れて彼女を妻に迎えた。

寒が結婚したと知ったその日は、大雨の夜だった。

春木錦は家族を置き去りにし、魂を失ったように雨の中を一晩中歩き続けた。まるで氷点下の世界にいるかのように、感情のない人形のように、生ける屍のように、一晩中雨に打たれ続けた。

翌日、彼女は病に倒れた。

幼い頃から一度も病気をしたことのない彼女が、その時の重病で命を落としかけた。

心が死ぬほどの悲しみはない。彼女の心は死に、もう二度と目覚めたくなかった。

その後、雲田陵光が彼女を見舞いに来て、厳しく叱りつけた。鋭く冷たい言葉で、彼女をボロボロになるまで責め立てた。

毒をもって毒を制するように効果があったのか、あるいは陵光の一言が彼女の望みを呼び覚ましたのか。

今でも錦は忘れられない、血液に刻まれたあの言葉を。

「好きなら、奪いに行け。命さえ惜しくないなら、何を恐れることがある？」