木村伊夜は少し躊躇した。
もし彼女が加藤吉平が前もって確保してくれた席を受け入れなければ、隅の方に座るしかなく、見つけてもらうのが難しくなる。
杉本裕子が彼女を見つけられなかったら……心配するだろう。
「いいわ、じゃあ加藤先輩ありがとう」
悩んだ末、伊夜は座ることにした。
しかし、彼女が座ってまもなく、劇場の入口から騒がしい物音が聞こえ、悲鳴も上がった。
「きゃあああ!星夏女神が来たわ!」
「うそ、私の目は間違ってない!公式発表は嘘じゃなかった、本当に歌姫星夏よ!彼女が本当に主審査員になるのね!」
声を聞いて、伊夜はすぐに立ち上がった。
彼女は振り向いて、微笑みを浮かべながら主審査員席へと優雅に歩いていく木村凪咲を見つめ、眉をきつく寄せた。
「星夏、どうしたの?」吉平は首を傾げた。
彼は少女の視線の先を見たが、歌姫星夏しか見えず、他に変わったところは何もなかった。
伊夜は答えなかった。
彼女は凪咲をじっと見つめていた。まさかこんな場でも彼女になりすまして現れるとは、露見する恐れも気にしていないようだ。
第三ラウンドの決勝戦が始まる前に、皇家芸術学院は彼女に一曲歌うよう手配していて、それから決勝戦の幕が開くはずだった。
「星夏、気に入らない?」
吉平の瞳に冷たい光が宿り、次の瞬間にでも凪咲を追い出すよう命じようとしているかのようだった。
伊夜は眉をひそめた。「いいえ、大丈夫」
凪咲をどう処理するかについては、彼女には別の方法があった。
伊夜は自分の席に戻り、杉山由夏にメッセージを送ってから、携帯をしまって試合の開始を待った。
杉本唯奈は星夏が席に着いたと聞き、休憩室を離れて審査員席へと向かった。「先輩」
凪咲は顔を上げ、穏やかに微笑んだ。「こんにちは」
唯奈はぴったりとした黒い革のジャケットとパンツを着こなし、スリムで魅力的な体つきを強調していた。長いカールした髪は肩に自然に流れ、メイクは完璧で、眉と目は妖艶だった。
まさにセクシーで情熱的な歌手だった。
「先輩が主審査員を務めるとは前から聞いていましたが、宣伝の話題作りかと思っていました。まさか本当だったとは」
唯奈の小顔は魅惑的で、彼女の赤い唇の線は流麗で、軽く結ばれ、笑っているのか笑っていないのか分からない表情を浮かべていた。