この出来事は、誰もが「深夜」と呼ぶ時間に始まりました。
その時が本当にちょうど12時だったのかは覚えていません。時計は見なかったから。そしてわかったのは、寝室が異常なほど静かで、世界が濃密な静寂に包まれていたということだけ。つまり、皆が抵抗をやめ、夢の中へと沈んでいった後の静謐です。空気は止まり、重く、私もまた――ベッドに半ば沈み込み、夢とも覚醒ともつかない状態でした。
そのとき、気づいたのです――目に焼けるような痛み。閉じたまぶた越しに太陽を見ているような、強烈な光。まぶたの薄い皮膚に圧し掛かる灼熱の光線。最初は誰かがデスクのライトを点けたのかと思いました。でも……足音もページをめくる音もありません。ただ、その光だけが――消える気配もなく、人工的で不穏な存在感を放っていました。
私は呻き、腕で顔を覆いました。それでも無駄。光は消えません。待ちました。5分? それとも10分? 光は弱まるどころか、むしろ強さを増している。熱を感じ始めた――温もりではなく、焼けるような熱。まるで何かが顔に触れそうな距離で漂っているかのようでした。
とうとう屈しました。煩わしさと警戒心が同居しながら、私は片目をゆるりと開けました。そして、その光景を見た瞬間、睡眠の残滓がすべて吹き飛びました――寝室の中央に浮かぶ、小さなメカニカルな球体。
それは何かの機械のようでしたが、私がこれまでに見たことのあるどのマシンとも違っていました。金色に光り、球形をしていて、床から数フィートの高さに浮かび、壁や天井に鋭い影を落としていました。その表面には、回路が皮膚の下を流れる血管のように煌めいています。神と工場を融合させた産物のようで、地球のものとは思えない美しさと異質さがありました。
その球体が、動きました。静かに、音ひとつ立てず、私の方に向き直ります。中心にある円形のレンズが光り輝き始め、空中に柔らかな青いホログラムを投影しました――私にはほとんど読めない文字列が浮かび、しばらくすると英語へと翻訳されます。そして、機械の声が、人工的でありながらどこか温もりを含んでいました。
「おめでとうございます!親愛なる CL。あなたは KR 委員会によって選ばれました。新プログラム『Credit Life/人生先享』への参加者として。こちらが契約書です。先へ進む前に、丁寧にお読みください。」
浮かんだ板状のものは契約書のようでした。かすかに光り、文字は数秒ごとに書き替えられていました。まるで私の理解度を確認しているかのように。
胸が高鳴り、頭の中には疑問が渦巻きました:CLとは誰なのか?KR委員会とは?“人生先享”とはどういう意味?これは夢なのか現実なのか?そしてなにより――どうして私の名前を知っているのか?
「三つ、好きな能力を選んでください。」
ぼんやりと聞き返しました。「能力? 何でもいいんですか?」
「はい。」機械の声が答えました。「私は……フィットな体、超賢い、あと……えっと……先輩の愛がほしいです……」
「fit✅、超賢い✅、“先輩の愛”は能力ではありません。無効です。再選択してください。」
「えっ? じゃあ、モテたいです。」
「人気✅」
――その夜から一変しました。翌朝、目が覚めると、頭がぐらぐらしていました【昨晩の夢、なんだったんだ……全然眠れてない】。起き上がると、ふと身体が妙に軽く感じます。腹を手で触れて――「うわ!」と声が出ました。六つに割れた腹筋がそこにありました。どういうことだ?
鏡の前に立つと、腹部の脂肪だけでなく、顔の輪郭もくっきりと引き締まり、まるで全身が新しくなったように感じました。
机の上には見覚えのある紙が置いてありました。あの球体の機械が出したものです。裏面に書かれた内容も思い出せます:
Credit Life 〈人生先享〉
――毎日の課題――
Fit:5kmラン、筋トレ1時間(詳細省略)、6ヶ月継続
超賢い:指定論文・書籍を読む、脳トレゲーム、6ヶ月継続
モテる:対人関係の本を読む、毎日10人とアイコンタクト、5人を褒める、6ヶ月継続
意味がわかりません……え? 本当なの? それで頭は妙に冴えてるし……でもって“credit life”って、先に享受して、あとで支払いってこと? でも、これをやらなきゃ罰とかあるの? 書いてないし……でも、トラブルは嫌だから、とりあえず忠実にやってみるか。
と考えていると、スマホが震えました――【先輩❤️】先輩からの電話です。嘘だろ、これ夢……?
「もしもし?先輩、おはようございます」
「おはよう~突然だけど、今夜、ご飯の予定ってある?なかったら、私と食事しない?奢るよ」
喉がきゅっと詰まりそうになりました。ふう、と息をついてから、「もちろん空いてます!ぜひ!」と答えました。
先輩の澄んだ笑い声が耳に残り――その後授業で先生に呼ばれ、パッと黒板の問題に答えたら、クラスのみんなが大笑い。頭の回転がつるつる滑るみたいで、「この問題は…だから…」なんて勢いで答えました。席に戻って、私、心の中で叫びました【すげー、マジで天才になってる!】
毎日の課題をこなして三週間、正直私、やばいと思いました……疲れる。こんなに頑張る意味ある? サボったら罰ある? 書類にはそういうの書いてないし……でも、問題起こしたくないから、一応きちんと続けました。
二ヶ月経過、先輩と付き合い始めて一ヶ月。今日は旅行に行く日――だけど、うっかり運動スケジュールをこなせず。翌日起きたら、なんか問題ないみたい。もしかして……ただの脅し?と思っていたら、先輩にベッドに引き寄せられて――【酸素が足りない、思考が遮断される呼吸…】
こうして私は、その紙通りに生きるのをやめました。罰が書いてない以上、ないってことで。
それからは楽しい日々を過ごしました。どれくらい経ったかな……一年以上?先輩は卒業し、私たちは遠距離恋愛に突入しました。
ある日、トイレで自分の尿に鮮血を見て飛び起きました。クリニックで診てもらったけれど、検査はすべて正常。医師には「睡眠不足でそう見えただけ」と言われました。
しかし、その赤は血だった――鮮烈な、吹き出したような赤。家に戻ると、トイレは普通。どういうこと……?
その後も奇妙な症状が続きました:異常な口渇、頻尿、脳の霧……ネットで調べて糖尿病か?と思いましたが、「健康」と判定されました。身体じゃなくて精神的なものでは?と精神科を勧められる始末。試験中にもミスが続き、指導教官から「まずは三ヶ月休学しなさい」と言われました。
人生がどん底に落ちました。Harunaのところへ身を寄せると、彼女は私のことを「ちょっと神経質すぎる」と言いましたが、不思議なことに、「寝てばかりなのにスタイルいいね」とも。彼女の言葉にハッとして、家に戻って例の紙を取り出しました。
すると……紙の表面が変わっていました。
Fit:(借…)14年……!
超賢い:(借…)3年
モテる✅ 返済完了
マジかー