藤本凜人の切れ長の瞳に疑問の色が浮かんだ。彼女はなぜ上がってきて息子のことを尋ねるのだろうか?
彼は表情を変えず、さりげなく答えた。「先に帰りました。どうかしましたか?」
手術は6時間続き、今は深夜1時を過ぎていた。建吾は元々頑張るつもりだったが、やはり年齢が小さいので耐えられなかった。
藤本凜人は人を遣わして先に彼を家に送り返した。
帰ったの?
寺田凛奈はすぐに興味を失い、視線を戻すと、また例のだらしない様子に戻った。「何でもありませんわ。あなたはなぜ帰らないんですか?」
藤本凜人はゆっくりと体を起こし、静かに彼女を見つめた。
その視線は、まるで彼女だけを捉えようとするかのように深く、揺るぎないものだった。
灯りに照らされた泣きぼくろは、より一層の妖艶さを帯びる。
そして、低く魅惑的な声で、たった一言。
「あなたを待っていました」
「……」
夜は更け、月の光が窓から静かな廊下に差し込んでいた。男性が立ち上がった後、彼女との距離が少し近くなり、雰囲気が少し艶めいた。
この瞬間、寺田凛奈は錯覚を起こしそうになった。この男性が彼女を誘惑しているように感じたのだ。
彼女は軽く頭を振って雑念を追い払い、小さく笑った。「家族が患者を心配するのは当然ですね。安心してください、大奥様は大丈夫です」
彼女は携帯を取り出し、LINEを確認した。「渡辺家が迎えに来た車がもう着いているので、先に失礼しますわ」
彼女は迷いなくくるりと踵を返した。
歩くたびに、脚を持ち上げるのさえ億劫そうな動き。
優雅さとは程遠い、どこか気だるげな歩き方。
だが――
決して遅くはない。
その背中には、なぜか目を引く魅力があった。
どこか惹きつけられる、不可思議な余韻を残して――
藤本凜人は一歩遅れて、彼女の後を追った。
――任せた以上、疑わない。
彼女の執刀する手術なら、信じられる。
そして、ここで待っていたのは、自分で彼女を渡辺家まで送るつもりだったからだ。
しかし、曲がり角を曲がったところで、彼女が携帯を持って電話をしているのを見た。声を少し低くして言っていた。「藤本凜人のことを調べてください」
藤本凜人:?