「バン!」木田柚凪はそう言うと、ドアを閉めてしまった。
寺田真治:「……」
ドアが閉まった後、真治は藤本建吾が尋ねる声をかすかに聞いた。「ママじゃないの?誰なの?」
木田柚凪:「ああ、うるさい蚊よ」
寺田真治:「……」
30分後。
心が乱れた柚凪は窓の方をちらりと見た。
その一瞥で彼女は驚いた。
寺田真治が玄関に立っているのが見えた。背の高くすらりとした体が地面に長い影を落としている。
ふと、柚凪は数年前に戻ったような気がした。あの頃、学校で授業が終わり教室を出ると、いつもこんな姿が外に見えたものだった。
でも、あの頃の彼は彼女を興奮させ、喜ばせるものだった。
今、その影は少し孤独で寂しげに見え、心が痛んだ。
柚凪は視線を戻し、床を見下ろした。心の中で感情が渦巻き、複雑な思いだった。
しばらくして柚凪が再び顔を上げると、玄関のその影が消えていた。心に空虚な感覚が襲ってきた。
何とも言えない気持ちだったが、無理に笑顔を作って藤本建吾に向かって言った。「お母さんがもうすぐ帰ってくるわ」
建吾はうなずいたが、口を開いた。「でも、おじさんが具合悪そうだった」
具合が悪い?
柚凪は彼の視線の先を見た。寺田真治がいつの間にか場所を変えていて、今はリビングの窓際の隅に立っていた。
彼は片手で胃を押さえ、もう片方の手で壁を支えて、うつむいていた。
本当に具合が悪いのか、それとも照明のせいか、今の彼の顔色が悪く、唇が透明なほど白く、額に冷や汗をかいていた。
「おじさん、すごく痛そう。ママ、中に入れてあげようよ?」
藤本建吾の言葉が柚凪の思考を中断させた。
彼女は冷たく言った。「死んでも私には関係ないわ」
そう言いながらも、視線は外に向けたままだった。
心の中で冷笑せずにはいられなかった。
またこの手か。
学生の頃から、彼は弱々しいふりをするのが得意だった。彼女を怒らせるたびに、寮の外に立っていて、雨が降っても動かなかった。
彼は謝らない。ただ頑固に立っていて、彼女の心を柔らかくさせる。