第644話 悪徳な上司～

リリが出てきた後、全員の視線が彼女に向けられた。

谷本奥様が最初に尋ねた。「赤ちゃんは大丈夫？」

谷本蒼樹は怒りの目で彼女を見つめていた。まるで自分の子供を殺した犯人が彼女であるかのように……

しかしリリはこの二人を無視し、直接寺田凛奈の前に歩み寄った。

リリは単独で活動する有名な外科医であり、こんな扱いを受けたことはなかった。ああ、彼女の上司以外では。

今のように、寺田凛奈の前まで来ているのに、寺田凛奈がまだ何も言わないので、彼女から口を開くしかなかった。「社長、DNAサンプルの採取は順調に終わりました。患者の赤ちゃんには何の問題もありません。」

寺田凛奈の返事は「ふーん」だけだった。

彼女は大きくあくびをした。

リリ：「……」

傍らの谷本蒼樹は怒りの目を向けながら言った。「何の問題もないと言われても、そう簡単に信じられるわけがない！羊水検査について調べたが、一ヶ月どころか、四ヶ月でも赤ちゃんに影響が出る可能性があり、流産のリスクも高いんだぞ！」

寺田凛奈はゆっくりと彼を見て言った。「こんな小さな手術、リリがやれば問題が起きる方がおかしいわ。」

谷本蒼樹：？

思いがけず褒められたリリは急に興奮し、顎を上げ、傲慢な表情を見せた。彼女は目を転がし、DNAサンプルを谷本蒼樹に一部渡しながら言った。「これはあなたの子供のDNAです。疑わしければ、今すぐ好きな検査機関で調べることができます。もし私がサンプルを入れ替えたと疑うなら、今すぐ春姫さんの所に行ってDNAサンプルを採取して比較することもできます。私の方は、結果が出るまで最短で2時間かかります。」

はぁ！

本来DNAの結果は最短でも3時間かかるのに！

なぜ2時間でできるのかって？

それは単に経験を積んでいるからだ！！

リリは仕方なく残りのDNAサンプルを持って、病院の検査室に向かった。歩きながら思わず考えた：自分のことをDNA検査のプロと呼んでも問題ないよね？

リリが去った後、その場は静まり返った。

そして、谷本蒼樹は寺田凛奈を見つめ、何か言いたそうだったが、藤本凜人がいたため、何も言えなかった。

しばらくそこに留まっていると、春姫が車椅子で運ばれてきた。

谷本蒼樹は顎を引き締め、大股で春姫に近づき、彼女の悲鳴の中で髪の毛を数本引き抜き、そのまま外へ向かった。