第632話 この偶然が気に入った

二人も久しく会っていなかった。墨時修は、隣にいる既に家庭を持ち、他人の夫となった弟を見て、感慨深げに言った。「まさか、お前が先に結婚するとは思わなかったな。」

「僕も予想してなかった。」墨夜司は微笑んで言った。「これは計画にはなかったことだ。でも、この予想外の出来事は気に入っているよ。」

墨時修は眉を上げ、眼鏡を外して深く冷たい瞳を見せた。「弟の奥さんはいい人だ。大切にしろよ。」

「彼女は僕の妻だ。もちろん大切にする。」墨夜司は喬綿綿のことを話すと、表情が柔らかくなった。

身から漂う雰囲気も、いつもの冷たさや距離感が薄れていた。

墨時修は彼の雰囲気の変化を感じ取り、再び口角を上げ、意味深な眼差しで彼を見つめながら言った。「スピード婚だったと聞いたが？」

「ああ。」

「最初は何か理由があって結婚したのかと思っていた。感情的な要素はないのかと。でも、どうやら私の考えは間違っていたようだな。」

自分の弟のことだから、墨時修はよく分かっていた。

好きかどうか、本当に好きなのかどうか、一目で分かった。

墨夜司も口角を上げ、かつての厳しい表情に柔らかさが加わった。「ああ、確かに僕たちは何かの理由で一緒になった。こうなるとは、僕も予想していなかった。」

「おそらく、これが運命というものなのだろう。」

彼は以前、こういったことを信じていなかった。

運命の導きなど、ただの迷信的な考えだと思っていた。

しかし今は、運命という言葉を信じたいと思っている。

喬綿綿は、彼の運命の人なのだ。

墨夜司の口から「運命」という言葉を聞いた墨時修は一瞬驚き、顔に戸惑いの色を浮かべた。

数秒間呆然とした後、冗談めかして言った。「お前まで、そんなことを信じるようになったのか？」

「迷信を信じているわけじゃない。」墨夜司は目を細め、少女の愛らしい顔を思い浮かべながら、瞳に優しさを宿し、口角を上げて言った。「ただ、彼女は天様が僕に与えてくれた人だと信じているだけだ。」

墨時修は可笑しそうに言った。「それが迷信じゃないというのか？」

「兄さん、いつか好きな人ができたら、この気持ちが分かるはずだよ。」墨夜司は詳しく説明せず、墨時修の肩を軽く叩きながら、意味深長に言った。

墨時修は「……」

なんだか、からかわれた気がした。