第659話

栗原愛南は眉をひそめた。「これは……」

紀田真里江は目を伏せた。「これは株式譲渡契約書です」

栗原愛南は眉をひそめた。もちろんこれが株式譲渡契約書だということは分かっていた。問題は、これが紀田家の株式譲渡契約書と森川家の株式譲渡契約書だということだ!

そして、最も不思議なことに、森川家の株式譲渡契約書の譲渡先は森川北翔だった。

紀田家の譲渡契約書の譲渡先は、なんと彼女、栗原愛南だった!

栗原愛南は紀田真里江を見つめた。「あなた、何をしているの?昔の森川北翔への仕打ちを償おうとしているの?」

紀田真里江は直接答えた。「償うというほどのことではありません。結局、私は彼を傷つけてなどいません。それは私自身の選択でした」

栗原愛南は黙った。

確かに、一人の女性が子供に縛られた人生を送るのは悲しいことだが、自分の子供を顧みない女性は、本当に少しの罪悪感も持たないのだろうか?

彼女が考え込んでいる時、紀田真里江は続けた。「あの時、彼の父親と離婚する時、森川家は私への補償として株式をくれました。当時は欲しくありませんでしたが、彼のために取っておこうと思って受け取りました。今になって彼に返すことにしたんです。森川家のものは気持ち悪くて、一銭も欲しくありません」

栗原愛南は顎を引き締めた。「じゃあ、紀田家の分は?」

紀田真里江は答えた。「紀田家のこれらの株式は、私が森川家に嫁いだことへの損失の補償として与えられたものです。結局は彼のせいでもあるので、これらの株式はあなたにあげましょう」

「なぜ私に?」栗原愛南は尋ねた。

紀田真里江は彼女を見つめ、相変わらず冷たい表情で、まるで天山の雪蓮のように冷たく言った。「彼に渡しても、受け取らないでしょうから」

栗原愛南は黙った。

彼女は自分のことをよく分かっているようだ。

彼女は森川グループの株式譲渡契約書を見直し、譲渡人が紀田真里江ではないことに気付いた。どうやら当時、紀田真里江は株式を名義借りしていたようで、そのため長年、森川北翔も知らなかったのだろう。

以前、森川北翔が本家と森川グループの支配権を争った時、森川おばあ様は自分の株式を彼に譲渡し、絶対的な支配権を持たせたことがあった。