「この立場で審査員を務めている以上、プロとしての目と客観性を持って臨んでいただきたい。審査すべきは俳優の演技力であって、キャリアではありません」
「ここまで話して、それでもなお天野奈々を落とすというのなら、私は異議を申し立てませんが、一つ条件があります。皆さん一人一人に、筋の通った理由を示していただきたい。そうでなければ、私も、そして世間も納得できません」墨野様は腕を組んで背もたれに寄りかかり、「では、最初の方から、本音をお聞かせください」
一同がしばらく躊躇した後、ベテランの映画評論家が眼鏡を押し上げながら墨野様に向かって言った。「日本アカデミー賞は国内最高峰の芸術賞であり、最も権威のある賞です。私たちが選ぶべき人物は、優れた演技力だけでなく、人々の尊敬も得ていなければなりません」
「実は、私が天野奈々を落とす理由は単純です。彼女は業界内で多くの敵を作り、評判が悪く、傲慢で、業界の慣習を破壊してきました」
「演技力で言えば、この10人の候補者の誰もが持ち合わせています。しかし、真面目に仕事をする人もいれば、毎日ゴシップの話題になる人もいます」
「作品は少ないのに、ニュースは年中絶えません。これが私が天野奈々を好まない理由です」
墨野様はこれを聞いて頷き、他の人々に尋ねた。「皆さんも同じお考えですか?」
「だいたい同じです」
「私もそうです...」
「それがあなた方の言う客観性なら、この候補者全員を精査する必要がありますね。本当に皆さんは、これらの人々のことをよく理解しているのですか?」墨野様は冷静に反問した。「天野奈々のどこが評判が悪いのか、具体的に教えていただけますか?」
突然、全員が言葉に詰まった。しかし明らかに、彼らは自分たちの意見を曲げる気はなかった。
「わかりました。誰も話さないということは、皆さんが本当に天野奈々を好まず、心から彼女に投票する気がないということですね。私は強制しません。ただ、最後に一つだけお見せしたいものがあります」そう言って、墨野様はスタッフに手を振り、近づいてきた相手の耳元で何か囁いた。
誰も墨野様が何を企んでいるのか分からなかった。ただ『奇夫』のメイキング映像が持ち込まれるのを待つばかりだった......
墨野様は他に何もせず、スクリーンに天野奈々の『奇夫』のメイキング映像を映し出した。