第899話 この局面は、彼女がすでに仕組んでいた

「天野奈々はきっと私のために最高の道を用意してくれるはずよ。彼女はそういう素晴らしい人だから」夏目栞は少しも疑わなかった。「それに、今回は正義のためだもの」

田村青流は彼女の自信に満ちた様子を見て、笑みを浮かべた。「今は二人とも失業中だし、夏目さんを食事に誘ってもいいですか?」

夏目栞はもちろん頷いた。

二人は人目につきにくいレストランを選んで食事することにしたが、夏目栞が席に着いたばかりのとき、近くにいた2歳くらいの子供が噴水に落ちてしまった。水は深くなかったものの、子供は大声で泣き出してしまった。

夏目栞が見ていると、田村青流がすぐさま駆け寄って、子供を引き上げた。その後、セレブ風の女性が慌てて駆けつけてきた。

「あかちゃん、大丈夫?」

田村青流は相手を見つめ、初めて怒りの色を浮かべた。「子供はまだ小さいですから、目を離さないようにした方がいいですよ」

相手は一瞬固まり、子供を抱きかかえて急いで立ち去った。

これは夏目栞が初めて田村青流の感情の変化を目にした瞬間だった。

「子供がお好きなんですか?」田村青流が席に戻ると、夏目栞はすぐに尋ねた。

「そうでもないです」田村青流は小声で答え、すぐに話題を変えた。

もちろん、夏目栞はすぐに気づいた。実は、田村青流には何か事情があるのだろう。そして、彼は表面上は穏やかで誰にでも親切だが、実際はとても用心深い人なのだ。

だから、夏目栞は相手の心の秘密を探ろうとはしなかった。

そのほうが付き合いやすいのだから。

すぐに、天野奈々は夏目栞が『大冒険』と決裂したことを知った。もちろん、すべては彼女の予想通りだった。もし夏目栞が本当に屈辱に耐えて『大冒険』の制作チームに留まっていたら、自分が人を見る目を間違えていたと思うところだった。

一つ認めなければならないことがある。この局面は、天野奈々がすでに仕組んでいたのだ。夏目栞に告げなかったのは、彼女が本当に価値のある人物かを確かめたかったことと、リアルな芝居を演じてもらう必要があったからだ。

結果は証明された。夏目栞はスーパースターの芸能人にふさわしい存在だった。