彼女は正博が自分を信じてくれるとは期待していなかったが、高木朝子のような下手な策略を信じるとも思っていなかった。
正博と朝子が遠ざかっていくのを見ながら、高橋謙一は腕を組んで冷笑した。
「正博はいま朝子しか目に入っていない。こんな男なんて価値もないわね?」
琴子は黙ったまま、唇の端を上げ、目の奥に暗い色が宿っていた。
離婚は時間の問題だった。ただ、予期せぬ出来事で先延ばしになっていただけだ。
「なぜここにくるの?」琴子は話題を変えた。
高橋謙一は正博からの電話のことを思い出し、最初は正博に呼ばれたと言おうとしたが、彼の今の動きを思うと、言葉を飲み込んだ。
正博が上階から飛び降りたのは確かに勇気があった。
でも結局どうだ?朝子を助けに来たのだ。
謙一はもう少しで彼に対する見方が変わるところだったのに。
琴子の困惑した視線の中、高橋謙一は不敵な笑みを浮かべながら言った「返事がないから何かおかしいと思って、ちょっと調べただけさ。」
簡単に調べられるなら、高木財源はそんなに簡単な人物だか?
明らかに彼は何かを隠している。
琴子は気にしなかった。
「今日はびっくりでしょう。君を連れて美味しい物を食べに行きましょう。」
高橋謙一は雰囲気を和らげるための口実を見つけた。
琴子は自分の出身に関する箱のことを思い出し、まだあの車の中にあることに気付いた。
「ちょっと待って。」
池村琴子は彼を置いて車の方へ向かった。
遠くから見ると、車のドアが開いており、箱は座席の上にしっかりと置かれていた。
おそらく箱が目立たなかったため、かれたちはこれを重要視しなかったのだろう。彼女が置いた場所にそのままあった。
琴子は幸いで息をつき、軽々と箱を抱え上げた。まさに立ち去ろうとした瞬間、朝子の声が聞こえてきた。
「正博兄さん、約束したことは果たしたわ。じゃあ、これから...」
朝子の声は喜びに満ちていた。
琴子は聞きたくなかったが、足が地面に釘付けになったかのように動けなかった。