彼女は正博が自分を信じてくれるとは期待していなかったが、高木朝子のような下手な策略を信じるとも思っていなかった。
正博と朝子が遠ざかっていくのを見ながら、高橋謙一は腕を組んで冷笑した。
「正博はいま朝子しか目に入っていない。こんな男なんて価値もないわね?」
琴子は黙ったまま、唇の端を上げ、目の奥に暗い色が宿っていた。
離婚は時間の問題だった。ただ、予期せぬ出来事で先延ばしになっていただけだ。
「なぜここにくるの?」琴子は話題を変えた。
高橋謙一は正博からの電話のことを思い出し、最初は正博に呼ばれたと言おうとしたが、彼の今の動きを思うと、言葉を飲み込んだ。
正博が上階から飛び降りたのは確かに勇気があった。
でも結局どうだ?朝子を助けに来たのだ。