第87章 追いにくいが、追えないわけではない

高橋仙、高橋家からいなくなった四女。

高橋忠一の言葉は、警告であり、注意でもあった。

池村琴子は彼の元妻であり、高橋家の人間でもある。

「彼女が高橋仙だということは分かっているが、あなたたちも彼女を家族として扱っていないようですね」山本正博は低い声で、ゆっくりと話した。一見何気ない言葉だが、的確に核心を突いていた。

高橋忠一は目を細め、弟の高橋敬一のことを思い出した。

彼は笑みを消し、急に冷たく低い声で言った。「他の人のことは知らないが、私がいる限り、彼女を苦しめさせはしない」

「山本坊ちゃん、あの時病院で私が聞いたとき、あなたは既に諦めていた」

「記憶が悪いようですね。もう一度言いましょう。最初に彼女を諦めたのはあなたです！」

山本正博の黒い瞳孔が急に縮み、深い渦のようだった。

彼はゆっくりと目を伏せ、喉仏を動かし、獣を封じ込めたような低い声で言った。「後悔している」

高橋忠一は驚いて固まった。

後悔？

彼の印象では、山本正博は昔も今も、プライドの高い人間だった。そうでなければ、妹とここまでこじれることもなかったはずだ。

しかし今の「後悔している」という言葉は、謝罪なのだろうか？

高橋忠一は少し笑って、諦めたように言った。「私が会わせたくないわけではない。彼女があなたに会いたくないんです」

山本正博は頷いた。高橋忠一が彼が諦めたと思った瞬間、山本正博は彼を避けて、大股で玄関の中へ歩いていった。

「……」高橋忠一は一瞬反応できなかった。

「おい……山本正博！」高橋忠一は焦った。そのとき、池村琴子が向かいから現れた。

しかし池村琴子の隣には男が立っていた。

男は黒いセーターにカジュアルパンツ、膝下まである長いコートを着て、画家帽を被っていた。カジュアルでありながら芸術的な雰囲気を醸し出していた。

山本正博を見たとき、南條夜の顔にかすかな笑みが浮かんだ。「山本正博、久しぶりだね」

前回彼が山本正博に会ったのは、全国数学コンクールの時だった。彼は山本正博に負け、二位に甘んじた。

山本正博は日本代表として国際大会に出場するはずだったが、何らかの理由で辞退した。

このことは南條夜の印象に深く残っている。

プレイボーイに負けたことは、彼にとって屈辱だった。