山本邸の外に、タクシーが停まっていた。車内には黒い服を着て黒いマスクをした男が座っていた。
男は煙草を吸い続け、運転手は後部座席の人に不満そうにバックミラー越しに言った。「お客さん、タバコを吸うなら外でお願いします。」
目的地に着いているのに降りようとせず、車内で煙草を吸い続けるので、運転手は我慢の限界に達していた。
男は黙ったまま、カバンから二千円札を二枚取り出して渡し、淡々と言った。「あと十分待ってくれ。」
十分?
四千円!
運転手は喜んでお金を受け取り、急にタバコの匂いも気にならなくなった。
しばらくすると、高木朝子が車の横まで来て、ドアを開けて乗り込んできた。
彼女は前方の山本邸を見て、意味ありげに笑みを浮かべた。「どう?あなたの資産を見に来たの?」
黒服の男は黙ったまま、タバコを消すと、彼女の額を軽く弾いた。「まだその時じゃない。」
「今じゃなくても、いずれはそうなるわ。」彼女は男の体に寄り添い、親しげに髭に触れた。「私たちがこんな日を迎えるなんて、思いもしなかったわ。」
男は彼女の手を握り返し、意味深な笑みを浮かべた。「あいつが死なない限り、私たちにこんな日は来ない。」
高木朝子の表情が一瞬こわばったが、軽く笑って言った。「そんなことないわ。私の体に触れたのはあなただけよ。それに、私の体はあなたにしか反応しないの。」
黒服の男は軽く笑い、彼女の嘘を指摘せずに、静かにその豪邸を見つめた。
まさか、自分がここに戻ってくる日が来るとは。
……
光町市郊外のある古い家の前に、黒い乗用車が停まっていた。
車から二人が降りてきた。男は白いウインドブレーカーに茶色のマフラーを巻き、柔らかな髪に彫刻のように整った顔立ちをしていた。隣の女性は長い白いダウンコートを纏い、白い小さな顔に信じられないほど美しい顔立ちをしていた。
「彼はここに住んでいる。」高橋敬一は小さな家を指さして言った。
池村琴子は庭に入るなり、その景観に驚かされた。古い住宅地とはいえ、家主が意図的に改造したようで、小さな橋や流れる水、花や虫、魚など、すべてが揃っていた。隣には小さな菜園もあり、実用的かつ美しく、家主の性格が窺える。実用性と美しさを重んじる人物なのだろう。
高橋敬一がインターホンを押すと、だるそうな不機嫌な声が響いた。「どちら様?」