彼は片手をポケットに入れ、彼女に向かってゆっくりと歩いてきた。その姿は少し冷たく、切れ長の眉と輝く瞳、その整った顔立ちは言葉では表せないほど美しかった。
池村琴子は二歩後ずさり、彼との距離を広げた。
彼女の動きを見て、山本正博は冷淡に唇を歪めた。
彼女が山本宝子を迎えに来ることを知って、彼も来ていた。ずっと彼女の後をついて行き、彼女が山本宝子と楽しそうに話している様子を見て、少し驚いていた。
たった一日で彼女が山本宝子の心を掴むとは思わなかった。
「大会の件は既に解決した」彼は一旦言葉を切り、冷淡な口調で続けた。「私の顔に泥を塗るな」
池村琴子は彼がどう解決したのか聞かなかったが、その冷たい口調に血が上った。「それなら山本坊ちゃんは他の方を探されては?」
山本正博は嘲笑した。「何?また棄権するつもり?私たちの賭けを忘れるな。この大会は必ず勝たなければならない」
池村琴子は怒って口を尖らせた。この馬鹿げた賭けは彼女が今まで下した最も愚かな決断だった。
彼女の怒った様子を見て、山本正博の薄い唇が微かに笑みを浮かべた。
母の忠告を思い出し、山本正博の瞳の色が深くなった。
「正博、琴子は本当にあなたのことが好きなのよ。あなたが初めて彼女の作った料理を食べた時、彼女は一日中嬉しそうだったわ。わざわざあなたの好みも勉強したのよ。外で誘われても、好きな人がいると断っていたわ。三年間の結婚生活で、彼女のしてきたことは全て私の目に入っているわ。あなたもこれだけ長く一緒にいて、彼女が本当にあなたを裏切るとは思えないでしょう?物事は表面だけで判断してはいけないのよ、私の子」
今回、母の池村琴子に対する態度は全く別人のように変わり、琴子に優しくするように、もう二度と彼女を悲しませないようにと繰り返し強調した。
どんなに聞いても、母は態度が変わった理由を話さず、ただ高木朝子の本性が分かったから、やはり池村琴子が一番彼に相応しいと言うだけだった。
おそらく母の言う通りかもしれない。物事は表面だけで判断してはいけない。
山本正博は今日の彼女が山本宝子のために立ち向かった時のことを思い出した。その反撃の手段は鈴木哲寧さえも頭を抱えるほどだった。
たった一日で、山本宝子を恐れから好意へと変えられるのは、単なる取り入りでは無理だ。