第327章 本気なの

池村琴子は彼が近づいてくるのを見て、表情を変えなかった。

むしろ高木阿波子は、高橋進のこの様子を見て、驚きの表情を浮かべた。

この高橋進...本当にうまく演技しているな...

やはり、人は面子のためなら何でもできるものだ。一度面子を捨ててしまえば、人としての尊厳も捨て、馬鹿を演じることも厭わない。

真相を知らなければ、光町一の富豪高橋家の社長が病気を装っているなんて、誰が想像できただろうか。

「娘よ、娘よ~」高橋進は池村琴子の前に来て、笑顔で「お母さんはどこ?どこにいるの?」と尋ねた。

死を覚悟で迫った末、ようやくボディーガードに鈴木家まで連れて来させた。

鈴木羽の「不倫」に対して、彼は怒りを爆発させることができない。なぜなら今の彼は「認知症患者」なのだから。

しかし彼は絶好の方法を思いついた。鈴木羽と二人きりで本当のことを話し、誤解を解くことだ。

結局お互いに不倫をしたのだから、もはや是非を論じる意味はない。

池村琴子が長い間返事をしないので、高橋進はこの娘の視線に少し不安を感じた。

仙が戻ってきてから、彼女は彼をまともに見ることが少なくなった。

今のこの眼差しは、まるで馬鹿を見るような目つきだ。

「仙...」高橋進がまた何か言おうとしたとき、池村琴子に不意に遮られた。

「母は中にいるわ。今日は機嫌がいいから、あなたがその機嫌を台無しにしないことを願うわ」

池村琴子の言葉には感情がほとんど込められていなかった。

彼女は高橋進と駆け引きをしたり演技をしたりする気はなかった。母は最近心の状態が良いが、高橋進によって簡単に崩れてしまう可能性があった。

彼女には他に要求はなかった。鈴木羽の機嫌を損なわないでくれれば、それ以外は何でも構わない。

池村琴子の言葉に高橋進の表情が一瞬変化したが、すぐに取り繕った。

鈴木羽の機嫌が良いと聞いて、高橋進の心は爪で引っかかれるような思いになり、悔しさと屈辱感で一杯になった。

機嫌がいい?

あの写真が出回って、世界中の人が自分が寝取られたことを知っているのに、羽はまだ機嫌がいいというのか?

もしかして本当に自分を馬鹿だと思い込んで、外で第二の春を謳歌しているのか?

彼は池村琴子を一瞥し、唇を動かしたが、結局何も言わずに、怒りを抑えながら中へ入っていった。