第356章 彼の怒り

彼女が約束を破ったのは、南條夜に輸血をするためだったの?

南條夜がそんなに大切なの?妊婦の彼女がリスクを冒すほどの価値があるの?

山本正博は唇を固く結び、心臓が刃物で切り裂かれるような痛みを感じ、息をするのも辛かった。

彼は目を伏せ、目の中の狼狽を隠しながら、かすれた声で尋ねた。「彼女の体調はどうだ?」

「今のところ不明ですが、危険はないと思われます」

危険があれば、とっくに救急室に運ばれているはずだ。

高橋仙が妊娠中にも関わらず、他の男性に輸血するなんて大胆なことをするとは。執事がこの情報を知った時も、かなり驚いていた。

南條夜は彼女と噂のある男性だというのに、命の危険を冒してまで輸血をするなんて、考えただけでも...

執事は若旦那の表情は見えなかったが、頭の中では既に若旦那に緑の帽子を被せていた。

他の男性に輸血までするなんて、明らかに若旦那を眼中に入れていないということだ。

若旦那の一途な想いが可哀想だ。

山本正博は電話を切り、車を走らせて東京第三総合病院へ向かった。

そのとき、電話が鳴った。

山本正博の心が震えた。

もし池村琴子から説明の電話があったら、許すことができるだろうか?

答えを考える前に、急いで電話に出た。

見知らぬ女性の声が聞こえてきた。

「山本さん、ご用意いただいたプロポーズの準備が整いましたが、時間を延期しましょうか?」

山本正博の瞼は千斤の重みを感じ、指でハンドルを強く握りしめ、握り潰したいほどだった。

彼が用意したプロポーズの時間は13時14分52秒、今はもう13時15分だ。

最適なタイミングは既に過ぎてしまった。

しかし今、池村琴子は病院で他の男性に輸血をしている。

きっと彼女の血液は既に南條夜の体内に入っているだろう。

なんて笑えることだ。彼女が鈴木家で待つように言ったから、彼は本当に鈴木家で待っていた。

彼が彼女の居場所を尋ねても、彼女は「用事がある」と言って誤魔化すだけだった。

今になっても、説明の電話一本すらかけてこない。

怒りと悲しみが彼の心の中で繰り返し渦巻いていた。

山本正博はハンドルを握る手に力を入れ、暗く嗄れた声で、かすかな忍耐を含んで言った。「延期の必要はない」

喉仏が二度上下し、喉が腫れたように感じ、甘い血の味が広がった。

「キャンセルだ」