両山健はこのような積極的で明るい人を嫌いではなく、ましてや自分の良き師であり友人の子供となれば尚更だった。しかし、接触を重ねるにつれて、加藤恋は実はメディアが書いているような頭の悪い人間ではなく、むしろとても頭の良い人間だということが分かってきた。
「編曲、作詞、レコーディングを新しくして、コンテスト用の新曲を作ったのね。残りの小道具と衣装は私が用意するわ」
加藤恋は両山健を感謝の眼差しで見つめた。二人の付き合いは短かったが、両山健は自分のことをよく理解してくれていると確信できた。
「でも、こんなに準備が大変なのに、次のラウンドで脱落することを心配しないの?そうなったら、全ての努力が無駄になってしまうわ」
両山健はここで少し心配になった。番組側から高橋綾子と温井詩花の評価を少し高めにするよう特別に言われていたからだ。そのため、何か裏で動きがあるのは確実だった。そう考えると、両山健は加藤恋の今後の展開が心配でならなかった。
「私は...そんな先のことは考えられません。ただ、母の『望花』を聴いて心が落ち着かなくて。母は歌っただけでしたが、その心を打つ声を皆に聴いてほしいんです。だから今は、このステージを作り上げることだけを考えています!」
加藤恋の決意に満ちた様子を見て、両山健は親しげに彼女の頭を撫でた。「そういう闘志が大事よ。じゃあ、私は戻るわ。練習は大切だけど、体調管理も忘れないでね。結婚したばかりだし、妊活も考えているんでしょう?」
両山健は加藤恋の顔が首まで真っ赤になったのを見て、そのまま部屋を出て行った。
加藤恋の目は今、創作者が無我の境地に入った時の眼差しをしていた。この没頭している感覚は邪魔されるべきではない。どうやら、ある事は今話すべきではないようだ...
両山健は携帯を取り出した。画面に映る情報は目を覆いたくなるようなものだった。向井栞の過去の一件が再び話題になり、トレンド入りしていた。さらに、鋭い目を持つネットユーザーたちは加藤恋と向井栞の類似点に気付き始めていた。
それだけでなく、当時の事件の関係者である向井栞の「不倫相手」、今は第一線を退いているダンス講師も投稿を出していた。