第32章 最大で最強のやつ

高倉海鈴は谷口敦と一緒に理事長の執務室へ向かった。

谷口敦は親切にお茶を注いで彼女の前に置いた。「高倉さん、来る前に一言言ってくれれば、正門まで迎えに行ったのに。」

「必要ないわ。初めてじゃないし。」高倉海鈴はお茶を一口飲みながら、谷口敦のぶつぶつ言う声を聞いていた。「今回は山内正の身分で大会に出席するなんて、表に出る気になったの?師匠がこれを知ったら、きっと喜んで気が狂うんじゃないかな。」

谷口敦と高倉海鈴は同じ師匠に師事していた。

ただし、彼は父親のコネで無理やり師匠の元に入れてもらったのに対し、高倉海鈴は師匠が一年かけて追いかけ回して、やっと內弟子として受け入れた弟子だった。

身分の上下関係は一目瞭然だった。

そのため、谷口敦は名目上高倉海鈴の先輩弟子だが、実際には彼女を兄貴分として慕っていた!

ただ、高倉海鈴は控えめな性格で、山内正という芸名以外は、ほとんど人前に姿を見せることがなかった。師匠は何度も彼に不満を漏らしていた。せっかくの天才弟子なのに、弟子が控えめすぎて自慢できない気持ちがどれほど歯がゆいことか!

師匠の話が出て、高倉海鈴の冷たい目に温かみが宿った。「師匠はお元気?」

「元気そのものですよ。食欲旺盛で。」

谷口敦は椅子を引いて高倉海鈴の隣に座り、期待を込めて尋ねた。「高倉さん、今四半期の提携先はまだ決まってないでしょう?何か考えがあります?」

高倉海鈴は彼を横目で見た。「言いたいことがあるなら、はっきり言って。」

谷口敦はすぐに姿勢を正した。「実はこうなんです。知り合いの会社が高倉さんと提携したいと言っているんです。デザイン部から何通もメールを送ったんですが、全然返信がなくて。この前お酒を飲んでいる時に、うっかり高倉さんとの関係を話してしまって、それで私に頼んできたんです……」

高倉海鈴は退屈そうに顎を支えながら「どの知り合い?会社の名前は?」

メールボックスのメールが多すぎて、一つ一つ確認する時間がなかった。

「知ってるはずです。藤原財閥です。東京で一番大きくて強い会社ですよ!」

「げほっ!」

高倉海鈴は息が詰まりそうになって、谷口敦は慌てて水を注ぎ、背中をさすった。落ち着いた後、おそるおそる尋ねた。「どうですか、いかがでしょう?」