高倉海鈴が立ち上がって出ようとしたとき、木村香織は急いで言い添えました。「あと一つ大事なことなんだけど、お兄さんに会ったら絶対に『社長』って呼ばないでね。お兄さん、そう呼ばれるの嫌がるの。まるでおじいさんみたいだって。私と同じくらいの年齢なんだから、『お兄さん』とか『兄さん』って呼んでいいから、遠慮しないでね」
高倉海鈴は頷いて、そのまま2階に上がりました。ドアの前に着くと、秘書らしき男性とばったり出くわしました。
秘書は一瞬戸惑い、少し躊躇いながら「...高倉海鈴さんですか?」と尋ねました。
高倉海鈴も少し驚きました。木村香織がもう自分が来ることを社長に伝えたのでしょうか?そして社長が人を寄こしたのでしょうか?
さすが社長、仕事が早いですね。彼女は頷いて「はい、そうです」と答えました。
秘書は心の中で疑問に思いました。青木さまが高倉海鈴さんを案内するように言われたばかりなのに、なぜ彼女が既にドアの前にいるのか。考えた末、青木さまが電話かメッセージを送ったのだろうと思い、それ以上は聞きませんでした。
さらに不思議なのは、オフィスの中の謎めいた紳士がマスクをつけていて、まるで感情のない機械のように見えるのに、女性に興味を持つなんて。
秘書は高倉海鈴を見て、確かに美しく、どこか凛とした雰囲気を持っていると感じました。
彼は腰を曲げて丁寧に言いました。「高倉さん、ご主人様がお待ちです。どうぞお入りください」
高倉海鈴は感心しました。木村家の秘書は本当に教養がありますね。高野広と比べると、同じ秘書なのにこんなにも差があるなんて。
でも木村社長の秘書は社長のことを「ご主人様」と呼んでいます。やはり「社長」と呼ばれるのは嫌いなんですね。
秘書は高倉海鈴をオフィスまで案内し、ドアをノックしました。「ご主人様、高倉さんがいらっしゃいました」
部屋の中から「ん」という声が聞こえ、高倉海鈴はその声にどこか聞き覚えがあるような気がしました。
秘書は腰を曲げて手を差し出し、にこやかに「高倉さん、どうぞ」と言いました。
高倉海鈴は、木村香織の伝言を伝えるだけなのに、秘書がこんなに丁寧である必要はないのではと思いました。たった一言の用件なのに、まるで視察に来たかのような扱いです。