第787章 火に油を注ぐ

伊藤仁美は目を赤くし、唇を噛みながら、何か言いたそうな様子を見せていた。

その様子を見て伊藤の奥様は説明を始めた。「藤田若旦那、事の次第はこうなんです。斎藤さんが高倉海鈴さんに才能があると見込んで弟子にしたいと言ったんですが、高倉さんがそれを断りました。仁美は高倉さんと友達なので、少し諭そうとしたところ…」

伊藤の奥様は困ったような表情を浮かべた。「高倉さんが怒り出して、斎藤さんなど自分の師にはふさわしくないと言い放ったんです。斎藤さんは年長者として、その場で少し諭しただけなのに、高倉さんは斎藤さんの師匠である高橋研二郎先生のところへ告げ口に行ったんです。高橋先生は事情も分からないまま、斎藤さんが若い者をいじめたと思い込んで、怒って破門してしまいました。うちの仁美は単に修行したかっただけなのに、こんなことに…はぁ」

「そんなことがあったとは!」藤田炎は怒りを露わにした。彼は常々絵画界の先輩方を尊敬しており、若い者が目上の人を敬わない態度を特に許せなかった。憤慨しながら尋ねた。「その高倉海鈴というのは、どこにいるんだ?」

「藤田お兄様、もういいんです。この件に関わらないでください。彼女には才能がありますから、少し傲慢なのも当然かもしれません」伊藤仁美は急いで制止したが、その言葉がかえって火に油を注ぐ結果となった。

案の定、藤田炎はその言葉を聞いてさらに怒りを増した。「才能があるからって、好き勝手していいわけじゃないだろう?才能があるなら、むしろ謙虚に学ぶべきだ。年長者に逆らうなんて。それに、彼女がどんなに才能があるとしても、お前より上手いのか?お前は油絵を始めてたった半月なのに、これだけの腕前になった。それでも傲慢な態度なんて見せないじゃないか!」

伊藤仁美は照れくさそうに笑った。「私なんて、海鈴に比べられるような存在じゃありません」

「どうしてそんな風に自分を卑下するんだ?お前はいつも謙虚だけど、そこまで自分を低く見る必要はない!お前は彼女を友達として思い、善意で諭そうとした。それを受け入れないのはまだしも、高橋先生のところへ告げ口に行くなんて、本当に…」

その時、伊藤仁美は遠くから歩いてくる凛とした女性の姿を見つけ、思わず息を呑んだ。「藤田お兄様!」