第790話 私が探しているのは高倉さん

伊藤仁美は少し恥ずかしそうに前に進んだ。

カーターは彼女を見つめた。皆が探している人はこの女性だと言っているので、間違いないはずだが、この女性は冬島志津の描写とは違うように思えた。

冬島志津は、彼の妻は若くて美しく、純真で可愛らしく、まるで少女のようだと言っていたが、目の前のこの女性は確かに若くて美しいものの、純真さに欠け、可愛らしさとは程遠かった。

もしかして冬島志津の目には、彼の妻が純真で可愛らしい少女に見えているのだろうか？

カーターはずっと冬島音に会うことを楽しみにしていたが、実際に会ってみるととても失望した。一目見ただけで目の前の女性が気に入らなかったが、礼儀正しく穏やかな笑顔を見せた。

伊藤仁美は胸の高鳴りを抑えきれず、伊藤家の人々も得意げに顔を上げた。

昨日の出来事で、伊藤仁美は人前で恥をかいたが、今は高橋研二郎先輩が高倉海鈴を気に入っていても構わなかった。結局、彼女の後ろにはより強力な後ろ盾ができたのだから。

これからは高倉海鈴を踏みつけにして、自分が油絵界のトップになる姿を見せつけてやる。

伊藤仁美は興奮で体を震わせていた。カーターさんの弟子になれば、名実ともに京都第一の令嬢となり、誰も彼女には及ばなくなる。

高倉海鈴の方が綺麗だということは認めるが、綺麗なだけで何になる？最も重要なのは才能と地位なのだ！

伊藤仁美はカーターの前に進み、敬意を込めて優しく声をかけた。「カーターさん」

カーターは軽く頷いたが、やはり目の前の女性は冬島志津の話と違うと感じた。しかし、表情は平静を保ち、疑問を見せることもなく、冬島音の身分も明かさなかった。冬島志津が既に、冬島音は人前で身分を明かしたくないと言っていたからだ。

「高倉さん、こんにちは。油絵展の主催者として、あなたが展覧会に来てくださって大変嬉しく思います。先日お話しした件について、どうお考えですか？」

高倉...さん？

伊藤の奥様の表情が急に硬くなり、反射的に高倉海鈴を見た。展示会場には高倉姓の人は海鈴しかいないはずだった。

伊藤洋美も困惑した表情で尋ねた。「カーターさん、お間違いではないでしょうか？私の姉は伊藤姓です。」

伊藤仁美は目を伏せ、胸に不吉な予感が広がり、顔から笑みが消えていった。