第862話 あなたは彼の全て

「高倉さん、徹の心の中であなたは彼の全てです。もしあなたを失ったら、何が起こるか想像もできません。」

高倉海鈴はゆっくりと振り向き、彼女の後ろをずっと付いてきた男を見つめた。彼は隅に立ち、深い瞳には赤みがかかっていた。この慌てた様子は、普段の冷静沈着な藤原徹らしくなかった。

「もう悲しまないで。あの女の子たちは全員救出されたし、誘拐犯も黒幕を白状しました。今回で伊藤家は完全に終わりです。しかも、この事件は広範囲に及んでいて、伊藤家だけでなく多くの人が困ることになりますよ」と竹屋英治は静かに言った。

……

この時、女の子たちは全員病院に搬送された。詳しい調査の結果、伊藤家がこの廃倉庫で行っていたことは、人身売買だけでなく、他にも多くの違法行為に及んでいたことが判明した。この事件には上流社会の有名な実業家たちも関与していた。

伊藤家は今回、手ごわい相手に出くわしてしまった。多くの罪のない少女たちを傷つけただけでなく、藤原奥様まで誘拐したのだ。そのため藤原徹は、必ず真相を究明すると宣言し、警察は直ちに証拠を収集し、すぐに逮捕状を発行した。

高倉海鈴は先に警察署で供述を済ませ、署を出たときには既に午後になっていた。

警察署の人々は昼食も取れないほど忙しく、高倉海鈴の供述を取った女性警官は困ったように言った。「折しも今日は伊藤仁美の授賞式なんです。あんな人がプラネットミュージックフェスティバルの金賞受賞者だなんて、本当に信じられません!」

傍らの同僚は冷ややかに言った。「伊藤家はそれだけの不正なお金を稼いでいたんだから、一人のミュージシャンを育てるくらい簡単なことでしょう。でも、彼らが得た全ては他人を傷つけて手に入れたものだから、最後には必ず報いを受けることになりますよ。」

高倉海鈴の目は冷たさに満ちていた。今となっては伊藤仁美との決着をつけなければならない。それは自分のためだけでなく、伊藤家に傷つけられた全ての女の子たちのためでもあった。

午後になり、授賞式が始まった。記者たちが次々と押し寄せ、授賞式は全編生中継された。配信ルームには人が溢れ、ネットで噂の金賞受賞者・佳樹さんの素顔を見ようと視聴者たちが集まっていた。