部屋を借りる

「すみませんが君たち、帰ってくれませんか。私は何も売りません。あの人がいると、気分が悪くなりますから」と葉黙は汪鵬を指さしながら蘇静雯に言った。

蘇静雯はここ数年、母の病気に悩まされ、すっかり元気をなくしていた。病院にはもう全く希望を持てなくなった。以前は一人の大師に、母は邪気に取り憑かれている可能性が高く、邪気払いの法器を買えばその邪気を払い、母を目覚めさせることができると言われた。しかし、法器は数多く買ったものの、母には少しも目覚める兆しがなかった。今の彼女は、自分の符籙で母を目覚めさせることができると聞いたから、見逃すわけにはいかない。

たとえこの人に騙されたとしても、たかが数万元に過ぎない。数万元は蘇家にとっては大した金額ではない。わずかでも希望があれば、諦めるわけにはいかない。だから彼女は心の奥底では、この人の言葉は99%が嘘だと分かっていても、試してみたかった。

だから葉黙の言葉を聞いて、焦らないはずがない。彼女は急いで葉黙に謝罪した。「申し訳ありません、先生。この人は私とは関係ありません」そう言って、蘇静雯は冷たい目で汪鵬を見ながら言った。「汪様、どうぞお帰りください。私の後をつけないでください。さもないと警察を呼びますよ」

汪鵬は蘇静雯の言葉を聞くと、葉黙に冷たい目を向けた。彼の心の中では、葉黙は既に廃人同然だ。後で必ずこのわきまえない奴の手足を折ってやろうと思った。

蘇静雯がそこまで言うから、彼も無理やり残る面目もなく、しぶしぶと立ち去るしかない。

葉黙は汪鵬の眼差しを見て、もちろん彼が考えていることをすぐ読み取った。彼がここで商売するのも、今日が最後の日で、終わったらすぐに立ち去るつもりだ。だから他のことなど気にする必要もない。それに、彼の実力では、汪鵬のことなど、全く恐れる必要はない。

「ここにある清神符を全部買います。いくらですか」汪鵬が遠ざかるのを見て、蘇静雯は急いで聞いた。

葉黙は二枚の清神符を手に取って答えた。「この符籙は私が心血を注いで作ったものです。もちろんそんなにありません。あるのはこの二枚だけです。この上級の一枚だけで十分ですが、もう一枚は暫く使わないなら、玉の箱に保存しておけば、普通は十年以内なら有効のはず。二枚で合計三万元です」

そう言いながら、葉黙は二枚の清神符を蘇静雯に渡し、一級に近い清神符がどっちかを指し示した。

蘇静雯は二枚の符籙を受け取り、五万元の小切手を葉黙に渡した。葉黙は得を気にしすぎる人ではないので、護身符一枚と火球の符一枚を取り出して蘇静雯に渡しながら言った。「五万元なら、この二枚もお付けしましょう。

こちらは護身符です。帰ったら香袋を作って身につければ十分です。こちらの火球の符は危険を避けるためのものです。悪者に会ったら直接投げつけて『臨』と言えばいいです」

葉黙が自分の利益を貪ろうとしないのを見て、蘇静雯はあの二枚の符籙に対する期待がさらに大きくなった。この葉黙はどう見ても詐欺師には見えないようだ。葉黙の言葉を聞くと、彼女はまた尋ねた。「先生、この清神符ってどのように使えばよろしいでしょうか?」

葉黙は小切手を受け取りながら答えた。「同じです。符籙を患者に向かって投げて、『臨』という言葉を唱えるだけです」

「あの、先生のお名前を伺ってもよろしいでしょうか。一緒に母の様子を見に来ていただけないでしょうか。お礼は倍額でお支払いいたします」清神符を手に入れた後、蘇静雯は自分の落ち着かない気持ちが、徐々に落ち着いてきたように感じた。このたった一枚の紙のように見える符籙には、何か重みがあるように感じている。それで葉黙への信頼がさらに増し、葉黙を母のところに連れて行くことまで考えていた。

葉黙はもちろん蘇静雯と一緒に行くつもりはない。彼は手を振って断った。「私が行く必要はありません。この符籙は必ず救えますので」

蘇静雯と隣の小越と呼ばれる女性は、拒否している葉黙を見て、二枚の符籙を持って、急いで帰って試すことにした。

二人の女性が去ると、葉黙はすぐ店をしまい、銀行に小切手を現金化しに行った。今、彼は大至急でお金が必要だ。

……

「静雯姉さん、あの人はサングラスをかけていて、顔もよく見えませんでしたよ。汪鵬の言うことにも一理あります。私は彼が詐欺師である可能性が高いと思います」小越と呼ばれる女性は、葉黙が詐欺師だと分かっていながらも、遠回しに言った。

蘇静雯はため息をついた。彼女だって、葉黙が詐欺師だということは分かっていた。しかし、詐欺師だと分かっていても、試さなければならない。母を目覚めさせる可能性のある手段は、どんなものでも見逃したくなかったから。騙されることが分かっていても、試してみなければならない。

ため息をついてから黙った蘇静雯を見て、ボディーガードの小越は彼女の考えを理解したようで、表情が暗くなったが、それ以上何も言わなかった。

葉黙は五万元を手に入れると、まず最初に住所を探すことにした。今、彼は薬液を鍊制するために薬材が必要だが、学校の寮では不便すぎた。やはり外の家を借りた方が便利だ。あの寮では数か月も他の同級生に会うことはないが、彼の持ち物は極秘にしないといけないので、人に見られる危険は冒したくない。

お金さえあれば、寧海で賃貸物件を見つけるのは簡単なことだが、葉黙の条件を満たす家はそんなに多くない。彼が住む場所は静かな上、できれば環境が清浄で、毎日練武できる場所もあれば何よりだ。

今の彼は、修練による境地の更なる向上は難しいが、以前の武芸も、手放したくない。自己防衛の手段はやはり必要だ。

寧渡区と葉黙が通っている寧海大学は南北に位置し、同じ市内とはいえ、十五キロメートル以上も離れていた。葉黙が寧渡に着いたときには、既に夕暮れになった。

葉黙が遠い場所に住もうと考えた理由は二つあった。一つは学校の人に自分の正体を知られたくなかったこと、もう一つは今後学校に行くときは走って行きたかったことだ。これで身法の訓練にもなれる。

葉黙が今日はもう住所は見つからないだろうと思った時、かすかな霊気を放つ小さな庭が目の前に現れた。そして葉黙を喜ばせたのは、この庭の外には「部屋貸します」と書かれた張り紙があったことだ。

この庭に入る前から、葉黙はここを借りることを決めていた。他でもない、ここは霊気が比較的に強いからだ。

「何の用?」葉黙がノックすると、中庭の門が開き、五十歳くらいの女性が話しかけながら、葉黙を観察していた。

葉黙はその女性の質問に答えることすら忘れた。彼は中庭に生えた一株の銀心草に気付いたからだ。なるほど、こういう薬材が生えたのなら、霊気が漏れ出ていたわけだ。しかし一株だけではさすがに少なすぎる。銀心草は聚気丹を鍊制する主な霊草だ。どうして霊気の乏しい地球にもあるのだろう?

葉黙は心の興奮を抑えながら、自分を不思議そうに見ているおばさんに急いで言った。「おばさん、ここに部屋貸しの張り紙があったので、借りたいと思いまして」

葉黙の言葉を聞いて、このおばさんはようやく理解した。部屋を借りに来た人だったのかと、急いで葉黙を中に招き入れた。

一通りの話し合いの後、葉黙は大体分かった。この中庭には東西に二つの部屋があり、リビングもあるが、大家はリビングはを貸したくないとのことだ。西側の部屋は既に別の借主が借りており、東側は元々大家が住んでいたが、今後は寧北区にいる息子のところに住むので、東側も貸し出したいと考えていた。そんな時でちょうど葉黙が来たというわけだ。

おばさんが予想もしなかったのは、彼女が提示した月額千百元の家賃に対して、この一見裕福そうには見えない若者が何も言わずに、すぐに一年分の家賃を支払ってくれた。