元合山

方夕は転移した。

いや、正確には「二度目」の転移を経験したのだ。

最初の二度目の転移を思い出すたび、方夕は今でも身震いがする。

あれは半年前の夜のこと。転移した数ヶ月、方夕はまるで警戒心の強い小動物のように、青竹山坊市の様子をそっとうかがっていた。

しかし…いかんせん自身の修為は低く、前の持ち主の遺産も完全に使いこなせていない。おそらく練気期二段の麦さんにすら敵わないだろう!

そして、その夜、劫修行者がバラック密集地を襲撃したのだ!

バラック密集地には守山大陣の加護がなく、霊農たちのほとんどは修為も低い。

彼らは貧乏人だが、その貧乏人からさえも奪おうとする外道な劫修行者たちがいるのだ!

修行者の死体、血肉、骨、魂魄さえも金になるのだから。

その時、外から聞こえてくる怒号と、黑衣の覆面をした修行者たちが次々と家々を襲い、殺戮を繰り返す光景に、方夕はまな板の上の鯉のように、ぶるぶると震え上がっていた。その感覚が彼を深く刺激し、彼の「チート能力」を目覚めさせたのだ!

この「チート能力」には、見た目にもわかるような兆候は何もない。しかし彼は、自分が別の世界へ行けることに気づいた!

方夕は迷わず、転移を選んだ。

そして、たどり着いたのが、この「大涼」と呼ばれる世界だった。

太陽に向かって、のそーっと伸びをする。死に最も近づいたあの感覚は、二度と味わいたくないと心の中で強く誓った。

だが、今は…まずはこの世界を楽しまなければ。

方夕は微かな笑みが浮かんだ。

これまでの何度かの転移で調べたところ、この「大涼」の世界には修行者の存在は確認されていない!

そして、両世界での時間の流れはほぼ同じ。ただ、昼夜が逆転しているだけだ。

つまり、あちらの世界の夜は、大涼世界の昼にあたる。

ここでは、凡人の皇帝が全てを統治している。

そして荒野には、「妖魔」と呼ばれる生物たちが生息している!

方夕の見立てでは、血統の純粋でない妖族の類だろう。あるいは、何らかの怪物が潜んでいる可能性もある。

用心深い彼は、妖魔狩りに出かけることはせず、凡人の住む城郭都市――黒石城に潜伏することにした。

凡人の使う金銀は、南荒修行界ではありふれた材料で、霊晶1つで大量に手に入る。しかし、大涼世界では、意外なほど役に立つのだ。

やがて、黒石城の富裕層エリアに、大金持ちの「方様」が現れたという噂が広まった。

「ご主人様、お目覚めでございますか。修行明け、おめでとうございます」

その時、黃鶯の鳴き声のような美しい声が響いた。

色とりどりの衣装をまとった艶やかな侍女たちが、黄色の衣を着た少女を先頭に、方夕の前に進み出て、恭しく礼をした。

むせかえるような香りが鼻をくすぐり、方夕は思わず指をこすり合わせた。

彼は黒石城で大きな屋敷を購入し、多くの侍女や下僕を買い入れた。

その中でも選りすぐりの12人の侍女たちには、水仙、蕙蘭、角梅、月季、蔷薇、清荷、玉蘭、月桂、金菊、翠竹、芍藥、百合と、それぞれ花の名をつけた。

黄色い衣を着ているのが、総管女中の月桂だ。透き通るような白い肌をした、まごうことなき美少女である。

「うむ、宴の支度をせよ。」

侍女たちの憧憬と尊敬のまなざしを浴びながら、方夕はさりげなく命じた。

彼は別に、道徳的な潔癖さなど持ち合わせていない。侍女や下僕たちに、人格の平等などと説いて、跪く必要はないなどと言うつもりもない。

むしろ、この時代に来てからは、元の持ち主の記憶に多少影響され、弱肉強食の考え方に染まりつつあった。

侍女や下僕の身分で、跪くことを拒むなど、主人に逆らい、躾に従わない者とみなされ、打ち殺されても文句は言えないのだ。

幸い、侍女や下僕たちは皆、人買いによって徹底的に調教されており、そのようなおかしな者はいなかった。

あるいは、月桂たちにとっては、このような主こそが当たり前であり、まるで天の理のように感じているのかもしれない。

半刻後、方家屋敷の別館。

方夕は寝椅子にゆったりと身を横たえ、目の前には山海の珍味が並べられていた。

熊の手、フカヒレ、燕の巣、焼き鴨、鶏の煮込み…

天然の食材が、料理人の熟練の技によって、芳しい香りを放ち、食欲をそそる。

方夕は、忌まわしき封建領主の生活を満喫していた。自分で箸を持つ必要もなく、わずかに視線を送るだけで、侍女がご馳走を運んでくれる。

芍藥に合図を送り、彼女の豊満な胸に身を預け、月季に鹿肉をもう一切れ取らせる。

あ、あまりにも満ち足りた生活も悩みの種だな。男は精をつけねば…

方夕は美女が差し出す酒をぐいっと飲み干し、満足げに大きく息を吐いた。

なにしろ、これらの可憐な侍女たちは、あの手この手で彼の寝床に入り込もうとするのだから、困ったものだ。

食事は丸々一刻近くかかった。

方夕にとって、栄養価は修行界の霊米には遠く及ばないものの、食欲は大いに満たされた。

このような贅沢を、彼は十日か半月に一度は楽しんでいた。

厳しい修行の日々の中の、ささやかな息抜きといったところか。

下僕たちが食器を片付けると、方夕は客間へと移動し、月桂が淹れた上品な清茶を飲みながら、執事の阿福からの報告を聞いた。

「旦那様、すでに調べはついております。妖魔素材は、大涼官府(役所)が厳しく管理しており、個人の取引は禁じられておりますが、抜け道がないわけではございません。たとえば、武館などです!」

阿福は白髪の髭を漂わせた老人の姿で、隠士のような風格があった。

しかし方夕は、彼がただの老人であることを知っていた。孫を連れて道端で餓死寸前のところを、自ら奴隷として身を売ったのだ。

「ほう、武館か?」

方夕はその言葉を聞き、顎を撫でながら、思案顔になった。

大涼もまた、超凡力を持つ世界だ。妖魔は言うに及ばず、人族の中で超凡力を持つ者もいる。それが武功だ!

武道家と呼ばれる強い武者ともなれば、青岩を砕き、石畳を割ることなど、朝飯前だという。

この黒石城の中にも、そのような武者は少なくない。

方夕はこの世界の超凡の道に、少なからず興味を抱いてい。

この世界の霊気は希薄で、修練には適さないが、それでも自身の修為を維持することはできる。

そして、大涼の武者の道にも、学ぶべき点があるはずだ…いや、南荒修行界で高度な功法や法術が手に入るなら、誰が武功など研究するものか?

これは、他に手段がないからだ!

彼が修練している長春訣はありふれた功法で、坊市で少しでもましな功法を手に入れようとすれば、霊石が数個から十数個も必要になる…

方夕の目に、深い光が宿った。

「ここしばらくの調査で得た情報をまとめると、この世界の武者は、気血武道というものを修練している…その破壊力も侮れない。練気期の修行者にとっては、だが。そして、どこか練体功法に通じるものがある…」

体修行者は修行者の中でも少数派で、時間がかかるだけでなく、多くの資源を消費する。

しかし、方夕は気にしない。二つの世界を股にかける彼にとって、その程度の消費など、九牛の一毛にも等しい。

それに…他に方法がないのだから!

「練気期の低段位練体功法でさえ、青竹山坊市では霊石5個以上の値がつく。私には買えない…だが、こちらでは、気血武道を学ぶ道がある。ちょうどいい、妖魔素材も少し手に入れて、調べてみたいと思っていたところだ…」

二つの目的が重なり、方夕の興味はさらに増した。

「武館?詳しく話してみよ」

阿福は落ち着いた声で続けた。「…武館には、当然ながら気血武道の伝承がございます。噂によれば、気血武道の武師は修行が進むにつれ、通常の食事では身体を維持できなくなり、様々な天材地寶、あるいは妖魔肉を栄養源とする必要があるとか!そのため、城内の武師勢力はそれぞれ、妖魔肉を手に入れる独自のルートを持っているようです…」

「そして黒石城には、名門大家の他にも、弟子を取っている武道勢力がございます。それが元合山、そして武館連盟です。」

「元合山?」方夕は表情を動かした。

「はい、元合山は黒石城から百里四方でも指折りの宗派で、官府役人でさえ一目置く存在です…」阿福が元合山について語る時、その口調は自然と重々しくなった。

どうやら、この元合山は、黒石城の民の間では、広く知られているようだ。

「これほどの武道宗門であれば、その武功もさぞかし高度なものだろう。」

方夕はしばし考え込んだ。「入門は厳しいのだろうか?金でなんとかなるものであろうか?」

方旦那は、この黒石城に来て以来、金銀に糸目をつけず、金銭の力で道を切り開いてきた。

その過程で、カモにされたこともあったが、練気期三段の修行者である彼は、たとえ最も安物の下品法器を買えなくとも、その優れた五感と、大金をはたいて購入した符術で、十分に自衛できた。

阿福はしばらく考え込み、答えた。「元合山は、よく城内の名門の子弟を受け入れています。問題ないでしょう」

「ならば、早速、話をつけてくれ」方夕は決断を下した。

両世界での時間の流れは同じだが、彼は南荒修行界では、修練を理由に数日閉関のが精一杯だ。それ以上姿を見せないと、死んだと思われて、田畑や家屋敷を奪われてしまう。これは、ある種の「家督乗っ取り」だ。

元合山。

この宗門の本部は定州にあり、黒石城にあるのは支部に過ぎない。

しかし、その支部でさえ、豪華絢爛、広大な敷地に立ち並ぶ建物は、並々ならぬ風格を漂わせていた。

その建物の奥には、緑豊かな大湖があり、湖面には一面の蓮の花が咲き誇っている。

一艘の小舟が、蓮の花の間を、波に揺られながら漂っていた。

小舟の上には、人が横たわっているようだった。

やがて、小舟は岸辺に近づき、涼やかな顔立ちの白装束の女性が、しずしずと歩み寄ってきた。「師叔様…」

「何用だ?」舟の上の人物は目を開け、あくびをしながら、少し不機嫌そうに言った。

「城内のある富豪から、銀二百両の寄進で、門內弟子にしてほしいという申し出がありました」白装束の女性は一礼して言った。

「誰だ?」舟の上の人物は、見たところ20歳前後と若く、差し出された上申書を受け取ると、冷笑を浮かべた。「方夕?素性の知れない成金が?我々元合山を武館とでも思っているのか?金さえ払えば誰でも受け入れるとでも?」

元合山は、この一帯を支配する有力な宗派であり、弟子を取るにしても、金銭よりも資質を重視している。

これまで名門の子弟を受け入れてきたのも、人脈作りのためだ。

しかし方夕は…金以外、何もない。

「では、師叔のお考えは?」白装束の女性は尋ねた。彼女自身は、どちらでも構わないという態度だった。今回は、頼まれたから伝えただけだ。

「資質は?」

「一度会いましたが、ごく普通でした」

「ならば、断れ」小舟は静かに動き出した。

白装束の女性は一礼し、それ以上何も言わなかった。