記録によると、混世魔王様は猿王が去った後に軍を率いて水簾洞に攻め入り、そこを我が物とし、猿の群れを百年以上も奴隷にしていたという。
そして、彼のその派手な装いが孫悟空様の目を引き、それが東の海へ寶物を求めに行くきっかけとなり、定海神針が奪われたことで四海の龍王様が天庭に訴えを起こすことになったのだ。
言わば、西遊の地の序章は、この混世魔王様によって引き起こされ、彼一妖の死が孫悟空様を天地の神仏の計略に陥れる一歩となったのである。
そう考えると、朱天篷は再び混世魔王様を見つめ直し、心の中で思案した。「この者は一体どこの勢力の者なのか?」
この混世魔王様がどこかの勢力の者でないなどとは、朱天篷は死んでも信じられなかった。さもなければ、あれほど自足自適な様子の者が、なぜ愚かにも猿を奴隷にしようなどと思い立ったのか。しかも妖の國でありながら、猿を食べるどころか、生かしておくとは、明らかに猿の帰りを待っているとしか思えない。
そう考えた朱天篷は一歩前に出て暗がりから姿を現し、軽く咳払いをして言った。「汝が混世魔王様か?」
この言葉が発せられると、洞窟内の妖精たちは一斉に騒ぎ出した。
誰かが彼らの妖怪の洞窟に侵入してきたにもかかわらず、全く気付かなかったのだ。彼らは反射的に粗末な武器に手を伸ばそうとした。
その様子を見た朱天篷は冷ややかに鼻を鳴らし、天仙小圓滿の気勢を放った。
瞬時に、その威圧の下、洞窟内の妖精たちは全て気を失い、口から泡を吹き、目を回した。
朱天篷はそれを気にも留めず、石の台座の上で表情を変えない混世魔王様を見つめ、言った。「汝が混世魔王様か?」
その言葉を聞いた混世魔王様は、心の恐れを必死に抑えながら立ち上がり、不格好な礼をして言った。「この上仙様は何のご用でしょうか?」
それを聞いた朱天篷は相手を一瞥し、心の中の推測をより確信した。この混世魔王様は必ずや神仏のいずれかの駒に違いない。
そう考えた朱天篷は口を開いた。「何でもない。本元帥はしばらくこの花果山に滞在するつもりだ。お前の洞窟も悪くはないようだな!」
この言葉に、混世魔王様の顔色が変わり、こう言った。「上仙様がお気に召すのでしたら、私はすぐに手下どもを連れて立ち去ります。」
そう言いながら、傍らの大刀を手に取り、立ち去ろうとした。
朱天篷はそれを止めることも、何か言うこともしなかった。
混世魔王様が自分の傍を通り過ぎ、朱天篷が攻撃する気配がないことを確認すると、ほっと息をついた。
しかし、混世魔王様がまさに立ち去ろうとした瞬間、朱天篷は動いた。
体を横に傾け、右手を刀のように混世魔王様の首筋に打ち込んだ。
三丈の高さの体が倒れ込み気を失うのを見て、朱天篷はようやく口元を緩めた。「本元帥にはまだ多くの疑問があるのに、そう簡単には帰さんぞ。」
そう言いながら、朱天篷は混世魔王様の頭を掴み、神魂を直接その中に送り込み、魂探りを行った!
気を練り神となる境界の混世魔王様は仙界にも達していない身、その神魂は哀れなほど弱く、魂探りの術に抗うことなどできようはずもない。
程なくして、朱天篷は相手の記憶を完全に探り尽くした。
魂探りを終えた朱天篷は立ち上がり、つぶやいた。「おかしいな、この者には何の背景もないようだが、私の推測が間違っていたのか?」
混世魔王様の記憶の中では、この胃の鎧と大刀は気を練り神となる境界に達した後に突然現れ、この洞窟の中に置かれていた。そして天妖決という、いくつかの些細な法術が記された書物もあった。
混世魔王様は天妖決と武器、胃の鎧を手に入れた後、十数年の間密かに修練を重ね、今や修為は地仙に近づいていた。そして今になって洞窟を開き、小妖精の里を手下として集め、妖王となったのだ。
「そうなると、この混世魔王様の身の上は潔白で、後になって何かが起こり、それで水簾洞を占拠するという死に急ぐような行動を取ることになったのだろう。」
「もしそうだとすれば、この混世魔王様は上手く利用せねばならない。たとえ孫悟空様を殺すことはできなくとも、あの連中の謀略は少しは壊せるはずだ。」
そう考えた朱天篷は心に計略を巡らせ、手を振ると清水の呪術と巽風の呪術を発動し、瞬時に洞窟全体が洗い清められ、異臭も悪臭も消え去った。
それらを済ませると、朱天篷は上座の石の台座に座り、混世魔王様たち妖精が目覚めるのを待ちながら、心の中で絶えず如何に事を運ぶべきか謀っていた。
程なくして、混世魔王様はゆっくりと目を覚ました。
首を振り、まだ隠かに痛む首筋に手を当て、振り返って恐る恐る朱天篷を見つめ、言った。「上仙様、他にご用はございますか?」
それを聞いた朱天篷は手を振り、言った。「混世魔王様よ、本元帥がお前に機縁を与えようと思うが、どうだ?」
この言葉に、混世魔王様は呆然とした。
信じられない様子で朱天篷を見つめ、心の疑問を必死に抑えながら言った。「上仙様は私に何をせよとおっしゃるのでしょうか。できることでしたら、この混世魔王様、二つ返事でお引き受けいたします。」
頷いた朱天篷は、すぐさま手を振り、五轉天仙決を取り出して言った。「これは天庭の修練法だ。これを修練すれば百年以内に必ず天仙位に達することができる。お前が本元帥の言う通りにすれば、これをお前に与えよう。」
そう言いながら、朱天篷は五轉天仙決の玉簡を混世魔王様の前に投げ、言った。「よく考えるがいい。本元帥の機縁を受け入れれば、それは命の危険を伴うということだ。死の関門を突破できるかどうかは、お前次第だ。」
しかし、朱天篷は五轉天仙決が混世魔王様に与える誘惑を過小評価していた。彼が座って混世魔王様の決断を待とうとした矢先、混世魔王様は考えるまでもなく五轉天仙決を受け取り、両膝をついて地面に伏し、朱天篷に向かって九度叩頭すると、興奮した面持ちで言った。「私混世魔王は誓います。今日よりこの身は大仙様のものです。刀山火の海も万死も辞しません。」
この言葉を聞いた朱天篷は、思わず口角を引き攣らせ、無意識に言った。「混世魔王様よ、その言葉はどこで聞いてきた?」
それを聞いた混世魔王様は頭を掻き、言った。「人間界で酒を盗みに行った時に聞いたもので、とても効果がありそうだったので。」
そう言うと、混世魔王様はニヤリと笑い、言った。「とにかく、私はただ一つ申し上げたい。これからは大仙様が東へ行けと言えば、決して西へは参りません。大仙様が鶏を捕まえろと言えば、決して犬の散歩などはいたしません。」
朱天篷は諦めたように手を振り、言った。「よろしい。それならまずは自分で采配を振るうがよい。時が来たら、何をすべきか教えよう。」
それを聞いた混世魔王様は頷き、妖精たちを連れて立ち去ろうとした。
その様子を見た朱天篷は眉をひそめた。もし混世魔王様がこのまま立ち去れば、五丁五甲様に捕らえられる可能性が高い。
先ほどの言葉が五丁五甲様に知られでもしたら事態は良くない、と考えた朱天篷はすぐさま立ち上がり、言った。「待て……」
半刻後、血まみれになった混世魔王様は悲鳴を上げる妖精たちを率いて洞窟から逃げ出した。出口に着いた時にはつまずいて転び、実に惨めな様子だった。
丘の上にいた五丁五甲様はその光景を一瞥しただけで、特に気にも留めなかった。結局のところ、朱天篷がこの妖怪の洞窟を占拠しようとするのだから、当然これら妖怪どもと同じ穴の狢になどならない。彼らを殺さなかっただけでも慈悲深いと言えるだろう。
五丁五甲様が動かなかったことで、洞窟の中から神識でこの一部始終を観察していた朱天篷もほっと息をついた。口角をゆっくりと上げながら言った。「私の警告があれば、この混世魔王様は二度と水簾洞に近づこうとはしまい。その時には必ず誰かが別の妖怪を差し向けてその代わりとするだろう。そして混世魔王様は五轉天仙決を手に入れたことで、必ずや七十二洞の妖王様の一人となれるはず。これで花果山に前もって一本の釘を打ち込んでおけたわけだ。その時には……」