第2章:私の名は葉平、平凡な平【新作応援お願いします】

青雲山脈。

山勢は険しく、奇岩怪石が並び、霧が立ち込め、まるで仙境のような雰囲気だった。

山麓付近で、二つの人影が山間の静けさを破っていた。

人影は前後に並んでいた。

前を行く者は四十歳過ぎで、青い道服を着ていた。その足取りは軽やかで、山間を歩いても一片の塵も付かなかった。

後ろを行く者は二十歳過ぎで、清秀な容貌をしており、白い素衣を着ていた。山間を歩く姿は、まるで書生が春の遊山を楽しむかのようだった。唯一の欠点は、布靴が泥だらけになっており、やや場違いな印象を与えていた。

おそらく先日の雨のせいで、山間の土が湿っており、踏むとすべすべした感触があった。

葉平は山間を歩きながら。

脳裏に様々な光景が浮かんできた。

葉平は自分が非常に不運だと感じていた。

三年前、彼は地球上の普通のサラリーマンで、996労働制度の中でただ生きているだけだった。

しかし思いがけない事故で、この古代のような世界に来てしまった。

ただし、この世界は唐宋元明清のいずれの時代でもなかった。

仙武紀元と称する世界だった。

自分は晉國という小国にいた。

唐宋元明清のどの時代であっても、異世界者としての優位性を活かせば、少なくともひどい暮らしにはならないはずだった。さらに封建社会では三妻四妾も可能だと考えると、一瞬で気分が晴れるような気がした。

万般皆下級、唯だ読書のみが高しと言うように、どの時代でも読書は出世の最も直接的な方法だ。良い生活を送るため、葉平は読書の大軍に身を投じた。

他の異世界者なら読書を嫌がるかもしれないが、葉平は違った。彼は読書が大好きだった。なぜなら晉國には規則があり、すべての学生は十年間の義務教育を受けられた。つまり、タダで学べることが彼を喜ばせた。

お金を使わずに読書して科挙を受けられるなら、葉平が喜ばないはずがなかった。

そのため異世界に来てからの三年間、葉平は真面目に聖賢の書を学び、七書九經を暗唱できるようになり、聖人の言葉も心に刻んでいた。さらに文科生としての立場を活かし、時には絶妙な詩句も作れるようになっていた。

「世事は流水に任せ、算えば一夢浮生」とか、「男児何ぞ呉鉤を帯びざる、関山五十州を収む。一身転戦三千里、一剣曾て百万師に当たる」といった具合に。

もちろん、これらの詩句は多少加工されていた。この世界には関塞がないため、状況に合わせて加工する必要があったのだ。

驚くことに、これらの詩句のおかげで、葉平は晉國でそれなりの名声を得ていた。

しかし葉平が自信満々で科挙を受けに行こうとした時、予期せぬ出来事が起こった。

都に向かう途中、仙劍に乗って空を飛び、悠々自適に気高く飛んでいく人を目にしたのだ。

その瞬間、葉平は悟った。

ここは修仙界だったのだ。

この事実を知った後、葉平は一気に落ち込んだ。

寒窓で三年間苦学した。

この三年間がどんなものだったか分かるか?

これは読書人の世界で、誰もが功を修め、誰もが学問できると思っていた。

しかしこの世界が修仙世界だったとは。

修仙世界で読書?

頭がおかしいとしか思えない。

葉平には大きな野心はなかったが、修仙体系と読書体系の違いは分かっていた。

たとえ王侯に昇進しても、修仙者の目には一本の雑草にすぎないのだろう?

たとえ一国の君主でも、修仙者の前では恭しく振る舞わねばならないのだろう?

そのため、これが修仙世界だと知った後、葉平は文を捨てて仙を追い、はかない仙道を追求することにした。

この過程は長くなると思っていた。

しかし予想外なことに、修仙者はこの世界では珍しい存在ではなく、むしろ数え切れないほど多かった。

一ヶ月も経たないうちに、葉平は四、五回の昇仙大會に参加した。

この修仙世界では、宗門が数え切れないほど多く、しかもこれらの宗門は非常に勤勉で、毎年昇仙大會を開いて門弟を広く募集し、少しでも霊根があれば仙門に入門できた。

しかし五十回近く昇仙大會に参加し、青州の領域内の各大宗門からブラックリストに載せられた後、葉平は自分が無霊根体質だと気付いた。

特別珍しい体質というわけではなく、最も劣った体質だった。

この体質は一般的に廃物と呼ばれていた。

しかし自分が最低の体質だと知った後も、葉平は少しも悲しんだり落ち込んだりせず、むしろとても喜んだ。

これこそ典型的な少年漫画の始まりではないか?

最初が劣っているほど、将来の成就は高くなるのではないか?

そのため葉平は少しも気落ちせず、逆に各種の昇仙大會に参加し続けた。仙門に入れさえすれば、チャンスさえあれば、一気に飛躍できると信じていた。

しかし無霊根は各大宗門の目には純粋な廃物でしかなく、どの宗門も無霊根の修士を受け入れようとはしなかった。

そんな中、葉平の懸命な努力の末。

ついに、彼は自分の恩人に出会った。

目の前の中年男性である。

太華道人。

青雲道宗第十八代宗主。

群衆の中から一目で自分を見出し、弟子として受け入れ、仙術を伝授してくれると言った。

唯一の条件は研修期間中、一切の銀両や俸禄が支給されないということだった。

つまり、お金がないということだ。

この条件は葉平にとって大したことではなかった。結局のところ、彼はそういった外的なものにはあまり関心がなかった。

重要なのは修仙だ。

修仙さえできれば、将来お金に困ることなどあるだろうか?

ここまで考えると、葉平の心は緊張し始めた。

山間の中、霧が立ち込め、まるで仙境のようだった。清風が吹き寄せ、心を洗い清めるようで、葉平は緊張しながらも期待に胸を膨らませ、そして何より畏敬の念を抱いていた。

仙人というものは葉平の心の中で非常に壮大なものだった。

想像してみてほしい。もし修仙の道を極め、御剣飛行を習得し、天空殿の間を駆け、九州を遊覧し、白衣をひるがえすことができたら、それは素晴らしいことではないか?

さらに「仙人我が頂を撫で、結髪して長生を受く」という一句を添えれば。

一言で言えば。

絶妙だ。

葉平がそんなことを考えているとき。

青雲道宗第十八代宗主の太華道人も、この時、心の中で花が咲いているかのように喜んでいた。

今回の下山は些細な用事を処理するためだった。

しかし思いがけず、一人の弟子を連れて帰ることになった。

最も素晴らしいことに、この弟子は俸禄なしでも構わないと言ってくれた。

これはまさに二重の喜びだ。

近頃、青州の領域内の宗門間の競争圧力は非常に大きく、どこも弟子の争奪戦を繰り広げ、物価を吊り上げていた。

少しでも才能のある弟子は大宗門に奪われ、才能はないが最低限の資質はある弟子たちも争奪の的となり、残されたのは粗悪な弟子ばかりだった。

粗悪でも仕方ないが、各大宗門が物価を吊り上げたため、俸禄は年々高騰していた。

もちろん、これは多くの人が知っていることだが、霊根がないのに仙門に入るのは、実際には雑用をこなすだけだ。本当に何かを学びたいなら、適当な武館で体を鍛えた方がまだましで、少なくとも将来の道が開けている。

修仙は修練すれば必ず強くなれるというわけではない。

もし功法を手に入れただけで仙人になれるなら、誰もが人上人になっているはずだ。

そのため、最下層の宗門では、一年中一人の弟子も集められないこともあり、まして無給の弟子など望むべくもない。

だからこそ太華道人の気分は最高だった。

ただし太華道人が少し心配していたのは、自分の宗門の弟子たちが高人のような振る舞いができるかどうかということだった。

この新入りの弟子が来たばかりで、すぐに逃げ出してしまったら。

それは少し厄介なことになる。

しかし太華道人に後ろめたさはなかった。なぜなら葉平は修仙したくても誰も受け入れてくれず、彼が葉平を受け入れたのは双方の合意があってのことだからだ。確かに宗門は貧相だが、問題は良い宗門も葉平を受け入れないということだ。

あえて後ろめたさを感じるとすれば、それは俸禄を出さないことだが、太華道人は記録をつけておき、宗門が発展したら、後で補償することもできる。

太華道人がゆっくりと考えを巡らせているうちに。

二人の姿は、青雲道宗の山門に到着していた。