第86章 大虞の遺民

北王府、東院。

陳婉容と林婉芸は東屋で一刻ほど座っていたが、北王府の侍女や使用人が北王様の側室の治療に呼びに来る様子はなかった。

二人は少し不思議に思った。

破水は非常に危険で、この時代では母子ともに命を落とすことも珍しくなかった。

北王様は彼女たちに手伝わせようとしないのだろうか?

二人は玄月宮の者で、その一人は玄月宮の宮主なのに。破水した女性の治療くらいできるはずなのに。

北王様は彼女たちを信用していないのだろうか?

そのとき、林婉芸は先ほど北院に手伝いに行った侍女が戻ってくるのを見つけ、すぐに石のベンチから立ち上がり、侍女の前に歩み寄って尋ねた。「お嬢さん、周お夫人はどうなさいましたか?」

侍女は話してはいけないことがあることを知っていたので、簡単に答えた。「周お夫人は危険な状態を脱し、無事に王様のお子様をお産みになりました」

侍女の答えを聞いて、林婉芸は少し驚いた。

どうやら、王府には腕の立つ者がいるようだ。

林婉芸はその後、東屋に戻り、「宮主様、蠻族が退いた後でないと、チャンスはないようですね」と言った。

林婉芸の言うチャンスとは、もちろん北王様の前で顔を売る機会のことだった。

陳婉容が路辰に感情を抱かせるには、彼の前で存在感を示す必要があった。

最初に北郡に来たとき、彼女たちは色好みの北王様を手なずけるのは朝飯前だと思っていた。結局のところ、陳婉容の容姿は大夏でも一二を争うほどで、絶色榜にも名を連ねているのだから。

あの色好みの男が陳婉容を見て心を奪われないはずがない。

しかし路辰との交流を経て、彼女たちは単純に美貌で北王様を誘惑するのはそう簡単ではないと悟った。

北王様は色好みとはいえ、頭の良い人物だった。彼女たちの別の目的を見抜かれかねなかった。

だから北王様に近づくには、美貌による誘惑だけでなく、他の価値も示す必要があった。

できれば、北王様が気付かないうちに宮主様に恋をさせるのが一番良い。

北王様に陳婉容への感情を芽生えさせるには、時間をかけて育む必要があった。今や蠻族が南下しようとしており、そんな時間的余裕はなかった。

今となっては、戦争が終わってからということになりそうだ。

しかし、北王様が最後まで生き残れるかどうかは、大きな問題だった。

ここまで考えて、陳婉容は少し物思いに沈んだ。