隠しようのない疲れは、藤堂澄人の心をさらに強く打ちのめすようで、ドアノブに掛かった手が思わず強く握り締められた。
ドアのところで人の気配がするのに、何も言わないので、九条結衣は不思議に思い顔を上げた。すると、まさかこんな場所で会うとは思ってもいなかった男の顔が、彼女の視界に入った。
帰国するにあたって、藤堂澄人と再会する可能性は考えていた。しかし、まさかこんなに早く、こんな形で会うことになるとは思っていなかった。
記憶に深く刻まれた、彼の整った顔を見つめ、机の下で手を握りしめた。
必死に平静を装い、冷淡な視線を彼に向ける。
そういえば、さっき藤堂瞳の手術をしたのだった。彼女の兄である藤堂澄人がここにいても、おかしくはない。
「藤堂社長」
冷たく突き放すような呼び方に、藤堂澄人は眉をひそめた。
4年ぶりに再会した彼女は、もう、自分の機嫌を伺い、「澄人」と親しげに呼んでいた九条結衣ではなかった。
4年…
4年間、彼女をずっと探し続けてきた。そして、その4年間で、この女は自分が思っていた以上に冷酷になれるのだと、思い知った。
九条結衣は、藤堂澄人の深い瞳を見つめた。年月を経て、その瞳はさらに底知れなくなり、何を考えているのか、全く分からなくなっていた。
特に、何も言わずにじっと見つめられると、無言のプレッシャーを感じた。
居心地の悪さに耐えかねて、九条結衣は口を開いた。
「妹さんは、今のところ容体は安定しています。順調に回復すれば、2週間ほどで退院できるでしょう」
藤堂澄人は唇を固く結び、黙って彼女を見つめていた。その視線は、九条結衣にとって、重苦しいプレッシャーだった。
4年の歳月が経てば、藤堂澄人への想いは消えていると思っていたが、どうやら自分の思い上がりだったようだ。
これ以上二人きりではいられない、そう思った九条結衣は、眉をひそめて立ち上がった。
藤堂澄人の傍を通り過ぎようとした瞬間、腕を掴まれた。「4年も逃げ回って、よく戻って来られたな」
九条結衣は足を止め、藤堂澄人を見上げた。なぜ、彼がこんなに怒っているのか、理解できなかった。
自分が去ったことで、彼は自由になったのではなかったか?
「A市は藤堂社長のものでもないでしょう?私がいつ戻ってこようと、私の勝手だわ」
九条結衣は皮肉っぽく眉を上げ、藤堂澄人の瞳に嵐が渦巻くのを見て、内心では少し怯えていた。
「A市は俺のものじゃなくても、お前はまだ俺の妻だ!クソ!何も言わずに消えやがって、どういうつもりだ!」
ついに藤堂澄人の怒りが爆発した。九条結衣は、彼が汚い言葉を口にしたことに驚いた。
普段は冷静沈着で、礼儀正しい藤堂グループの社長が、まさか自分のせいで怒鳴り散らすなんて。
九条結衣は、奇妙な達成感を覚えた。
「藤堂社長は忘れてるみたいだけど、4年前に私は離婚届にサインしたわ。もう、あなたとは何の関係もない」
腕を掴む力はどんどん強くなり、九条結衣は思わず眉をひそめた。
「残念ながら、俺がサインしない限り、お前は一生俺のものだ!」
藤堂澄人の怒りが増していく様子と、彼の言葉に、九条結衣は驚きと困惑を隠せない。
藤堂澄人は、まだサインしていない?
4年も経ったのに。彼はずっと前にサインしたと思っていた。結婚生活を送っていたあの3年間、彼は自分と別れられる日を待ち望んでいたはずなのに。