家に帰る

あんなに絶好の機会だったのに、4年間も放置していたなんて?

九条結衣は藤堂澄人のことを理解しているつもりだったが、全く分かっていなかったのだと気づいた。

「サインしなくても構わないわ。2年以上別居していて、どちらか一方が離婚訴訟を起こせば、裁判所は自動的に離婚を認めるから」

九条結衣は冷淡に言い放ち、藤堂澄人を見ようともせず、腕を振りほどいた。彼と同じ空間にいることさえ、耐えられなかった。

「離婚訴訟?甘いな」

藤堂澄人は冷笑し、九条結衣の考えが浅はかだと言わんばかりの視線を向けた。

「別居の定義を勘違いしているようだな」

九条結衣はこんなくだらない話に付き合っている暇はなかった。行く手を阻む藤堂澄人に、冷たい視線を向ける。

「夫婦間の関係が破綻し、2年以上別居している場合、一方が離婚を請求すれば、裁判所は自動的に離婚を認める。もしこの条例に異議があるなら、藤堂グループの顧問弁護士にでも相談すればいい。私は仕事中なの。邪魔しないでくれる?」

藤堂澄人は一歩も動かず、皮肉な笑みを浮かべている。

「関係の破綻?俺たち二人の間に、一体いつ、そんな破綻が生じたっていうのか?」

九条結衣は呆れた。藤堂澄人のふざけた言葉に、笑いを堪えきれなかった。

「確かに、藤堂社長とは最初から何もなかったわ。破綻も何もない」

そう言うと、九条結衣は藤堂澄人を強く押しのけた。藤堂澄人は心の準備ができていなかったため、ドアの外に押し出されてしまった。

怒りながら去っていく彼女の後ろ姿を見つめながら、藤堂澄人の表情は次第に青ざめていった。

4年ぶりに彼女の顔を見た時、どれほど胸が高鳴ったのか、自分でも分からなかった。

九条結衣に対して、嫌悪と憎しみしか感じていないと思っていた。しかし、彼女が何も言わずに姿を消した4年間、自分の生活がどれほど荒れていったかを思い知らされた。彼女への想いは、自分が思っていたものとは違っていたのだ。

あんなに侮辱されたにもかかわらず、彼女が自分にとって特別な存在であることは、変わりなかった。

藤堂澄人と再会したことで、九条結衣の心は乱れっぱなしだった。

ようやく仕事が終わって病院を出ると、松本裕司が待っていた。彼女が出てくるのを見ると、満面の笑みで近づいてくる。

「奥様」

このような呼び方に、九条結衣は不快そうに眉をひそめた。

「松本秘書、私はもう澄人と離婚しているの。呼び方を変えて」

「かしこまりました、奥様」

松本裕司は笑顔で答えたが、九条結衣の言葉は全く聞き流していた。「奥様、こちらへどうぞ。社長がお待ちです」

「…」

呼び方のことでこれ以上言い争う気にもなれず、九条結衣は松本裕司を一瞥すると、路肩に停まっている黒いマイバッハに見向きもせず、自分の車の場所へ向かった。

「奥様…」

松本裕司は慌てて後を追おうとしたが、九条結衣の鋭い視線に動きを封じられた。

九条結衣が車に乗り込み、ドアを閉めようとしたその時、伸びてきた腕にドアを塞がれた。

怒気を含んだ黒い瞳と目が合い、九条結衣は苛立ちを隠せない。

「藤堂社長、何か用?」

「もちろん、お前を家に連れて帰りに来たんだ」

家?

九条結衣は冷笑した。「どの家?藤堂家?4年前、藤堂社長は靖子のために家から出て行けって言ったわよね。4年間も、まだ彼女を家に置いていないの?」