藤堂澄人の表情が曇っていくのを見て、九条結衣は内心でほくそ笑んでいた。
その時、九条結衣の携帯電話が鳴った。予期せぬ相手からの着信だった。
「九条政(くじょう まさ )?」
九条結衣は眉をひそめた。嫌悪感が、彼女の表情に浮かぶ。
普段は連絡してこない父親が、わざわざ連絡してくるなんて、ロクな用事ではないはずだ。
彼女は無表情で電話に出た。「九条社長、何かご用?」
冷淡な口調に、電話の向こうの相手は一瞬言葉を失った。「結衣、帰国して何日か経つけど、そろそろ父さんと食事でもしないか?」
誰から見ても普通の申し出だったが、九条結衣は皮肉な笑みを浮かべた。
九条政と食事をする気は全くないが、好奇心から、彼女は承諾した。
「いいわよ。どこで?」
「南園ホテルだ」
「ええ、わかったわ」
九条政が言葉を続ける前に、九条結衣は電話を切った。そして、まだそこにいる藤堂澄人に言った。「藤堂社長、どいてくれない?」
九条結衣の警戒するような視線を受け、藤堂澄人は不敵に微笑んだ。「お義父さんとの食事か。俺も同席させてもらおうかな」
意見を尋ねるような口調だったが、拒否する隙を与えず、勝手に助手席のドアを開けて座った。
九条結衣は怒りで顔が青ざめた。「澄人、あなたはこれ以上恥知らずになれるの?」
「ああ、なれるさ」
藤堂澄人は当然とでも言うように答えると、不敵な笑みを浮かべながら、九条結衣の赤く染まった頬にゆっくりと视線を落とし、「もし、これ以上拒否するなら、喜んで見せてあげるよ」と言った。
九条結衣は悔しさをかみ殺し、彼を睨みつけた。しかし、人通りの多い病院の前で騒ぎを起こすのは得策ではない。
4年ぶりに会った藤堂澄人は、前と変わらず、やっぱり図々しい人だった。
九条結衣はエンジンをかけ、南園ホテルへ向かった。これ以上、藤堂澄人に言葉を費やすのは無駄だと思ったからだ。
九条結衣が自分を追い出そうとしないのを見て、藤堂澄人は機嫌が良くなった。
4年間、これほど晴れやかな気分になったことはなかった。
南園ホテル──
なぜ九条政がこんなフォーマルな場所で食事をしようと提案したのか、九条結衣には分からなかった。二人の関係は、決して良好とは言えなかったからだ。
4年ぶりの再会。しかし、二人の関係は、もはや他人同士のようだった。
藤堂澄人が自ら駐車場係を買って出たので、九条結衣は喜んで鍵を渡し、彼を待たずにレストランの中へ入って行った。
「九条様、こちらへどうぞ。九条社長がお待ちです」
案内係に連れられて、奥の静かな席へ進む。
九条政の隣には、自分と同年代くらいの女性が座っていた。九条結衣は、何か考えがあるように目を細めた。
この女性は誰だろう?まさか、また九条政の愛人?
愛人はどんどん若くなっていく。九条政もたいしたものだ。
九条結衣の瞳には、隠そうともしない軽蔑の色が宿っていた。彼女は迷わず九条政の前に歩み寄り、腰を下ろした。
「九条社長、一体何の用?」
九条結衣の態度は、最初から最後までそっけないものだった。
九条政は面目を失ったが、九条結衣には一目置いていた。4年ぶりの再会でも、それは変わらなかった。