自分の前で見せていた優しく、笑顔の絶えないあの女は、ただの仮面にすぎなかったのだ。
「結衣!」
九条政は怒りで顔が青ざめた。「俺を父親と思っていないのなら、九条家から追い出してやるぞ!」
「本気でそう思ってるの?」
彼女は眉を上げ、テーブルに手をつき、顎をしゃんと上げて聞き返した。
彼女の言葉に、九条政が悔しそうな表情を浮かべるのを見て、九条結衣は、勝ち誇ったように薄く笑った。
「自分の実力を、少しは考えた方がいいんじゃない?」
「お前…」
藤堂澄人の前で、娘にこんなにも侮辱され、九条政は面目を失った。
今ここで面子を取り戻さなければ、藤堂澄人や藤堂家の前で、一生頭を上げることができない。
「結衣、靖子とは血がつながっているんだ。認めたくなくても、認めざるを得ない!」
そうは言ったものの、その口調とは裏腹に、九条政の目に迷いが見えた。
九条結衣は、九条政のような臆病者が、隠し子のためにここまで無茶苦茶なことをするとは想像もしていなかった。
だが残念なことに、九条結衣は生来の負けず嫌いだ。かつて、ほんの少しだけ抱いていた優しさは、すべて藤堂澄人に与えてしまった。もっとも、それはただの自己満足に過ぎなかったのだが。
九条結衣は鼻で笑い、氷のように冷たい視線を二人に向けた。
「もう、泣き落とししかできないの?九条政、今のあなたの地位は、誰が与えてくれたと思っているの?」
「結衣、お前…俺は九条家の当主だ!お前に指図される筋合いはない!」
強気な言葉を吐きながらも、九条政の視線は泳いでいた。
世間には知られていないが、彼自身はよく分かっていた。
九条結衣は気にせず笑った。九条政の怒りなど、取るに足らないものだった。
彼女は眉を上げ、「当主?そんなに自信があるなら、試してみたらどう?」と挑発した。
木村靖子は黙って座っていたが、九条結衣の言葉は自信に満ち溢れており、九条政を全く恐れていないのは明らかだった。
木村靖子は、いつ出しゃばるべきか、いつ引くべきかをよく分かっていた。九条結衣がどれだけ偉そうに振る舞おうと、九条グループは九条政のものだ。
自分は良い子でいれば、九条政の財産は、いずれ自分のものになる。
九条結衣が反抗すればするほど、九条政の心は離れていく。いずれ、彼女は一銭ももらえなくなるだろう。
そうなれば、全ては自分のものになる。
木村靖子は、心の中でほくそ笑んだ。
九条政は、九条結衣がここまで強気に出るとは思っておらず、呆然としていた。
自分が九条結衣を追い出せるかどうか、彼自身が一番よく分かっていた。
「お父さん、お姉さんと喧嘩しないで。私は気にしないから。お父さんが優しくしてくれれば、それでいいの。九条家に入れるかどうかなんて、どうでもいいわ」
木村靖子は、絶妙なタイミングで仲裁に入り、涙を浮かべて訴えた。
「靖子、いい子だ。安心しろ。九条家に入れなくても、お父さんはお前を絶対に不幸にはしない」
九条政は木村靖子の手を優しく撫でた。彼の愛情深い眼差しと、その言葉は、九条結衣にとって滑稽にしか聞こえなかった。
九条政が何を考えているのか、彼女は手に取るように分かっていた。