数時間が経っても、藤堂澄人の苛立ちは収まらなかった。九条結衣が他の男と話す時の優しい表情が頭から離れない。
ワイングラスを手に窓際に立つ彼の姿が、明るく広々とした窓ガラスに映し出されていた。その冷たい瞳の奥には、長年積もり積もった憂いが沈んでいた。
骨ばった指先が、グラスの脚を掴む力が、次第に強まっていく。まるで、その繊細なグラスを握りつぶしてしまうかのように。
九条結衣に、あの男は誰だと尋ねた時の、彼女の動揺を思い出すと、藤堂澄人は、ますます苛立ちを募らせた。
グラスを傾け、一気にワインを半分ほど飲み干したが、胸の中に燃え上がる炎は消えるどころか、ますます激しくなっていく。
ふと、テーブルの上に置かれた携帯電話に目が留まり、手に取って九条結衣に電話をかけようとした。しかし、発信しようとした瞬間、彼女の連絡先を全く知らないことに気づいた。
九条初は曾祖父の家で遊び疲れて、曾祖父に送られてきた。九条結衣は、毛布をかけてやり、見慣れた愛らしい寝顔を見つめ、しばらくの間、ため息をついた。
「初のこと、澄人に伝えるつもりはあるの?」
小林静香は、九条結衣の表情から、いまだ藤堂澄人に未練があることを見抜いていた。
「初は私の子供よ。澄人には関係ないでしょ?」
九条結衣の表情が一瞬曇り、拒絶の色を滲ませた。
「初は小さい頃の澄人の生き写しよ。誰が見ても彼の息子だってわかるわ。彼を騙せると思っているの?」
小林静香は、九条結衣に逃げる隙を与えなかった。「澄人は馬鹿じゃないわ。初を見れば、すぐに自分の息子だと気づくはずよ。一生、初を隠し通すつもり?」
「彼の息子だからって何なの?彼は精子を提供しただけでしょう。まさか、息子を奪おうというの?」
九条結衣は、急に感情的になった。
しかし、その瞳には、どこか不安の色が宿っていた。まるで、藤堂澄人に息子を奪われてしまうのではないかと恐れているかのようだった。
命がけで産んだ息子を、藤堂澄人に奪われるかもしれないと思うと、胸が引き裂かれるように痛んだ。