今、彼女は心から彼を憎んでいた。
なぜ、藤堂澄人はあんなにも自分を侮辱するのか!
九条結衣は拳を握りしめ、爪が手に食い込む。その時、優しく穏やかな声が、彼女の思考を遮った。
「結衣、おかえりなさい」
庭には、上品なシニヨンにまとめ、薄紫のチャイナドレスを着た中年女性が、庭の手入れをしていた。
その立ち居振る舞いは上品で優雅だった。
「お母さん」
九条結衣は作り笑いを浮かべ、女性に抱きついた。悲しみを必死に隠しながら。
「さあ、部屋で休んで。小林さんが、結衣の好物をたくさん作って待ってるわ」
小林静香(こばやし しずか)は優しく微笑んだ。
詩経の一節にある、「静かで美しい女性が、町の角で私を待っている」という言葉が、彼女の名前の由来だ。
九条結衣の母である小林静香は、しとやかで優しく、美しい女性だった。
九条結衣の雰囲気は母とは異なり、祖父に似ていた。彼女が本気を出すと、誰もが近寄りがたくなるほどの威圧感を放つ。
しかし、普段は母のように穏やかで、落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「ええ」
九条結衣は小林静香に手を引かれ、リビングに座った。
小林静香の顔には、歳月を感じさせない美しさがあった。まるで蘭のように、上品で穏やかな雰囲気を漂わせていた。
「お母さん、本当に決めたの?」
今回、九条結衣が帰国したのは、母から九条政との離婚を決意したと告げられたからだ。
「九条グループは、お母さんが一人で築き上げた会社なのに、九条政の名義になっている。離婚したら、会社の半分は彼のものになってしまうなんて、悔しいわ!」
あの女と隠し子に財産を渡すなんて、絶対に許せない。
小林静香は静かに微笑んだ。「私はただ、政と別れ、九条家から解放されたいだけ。他のことは…」
窓の外を見ながら続けた。「財産なんて、ただの物にすぎないわ」
そして、自分で淹れたお茶を九条結衣に差し出した。
「それに、たとえ九条グループを全て政に渡したとしても、彼が使いこなせると思ってるの?」