「藤堂さん、九条先生をお探しですか?」
通りかかった研修医が、藤堂澄人に声をかけてきた。
「ああ」
「九条先生はもう退勤されましたよ。つい先ほどお帰りになりました」
「もう帰ったのか?」
藤堂澄人は眉をひそめ、研修医に礼を言ってから踵を返した。
携帯電話を取り出し、九条結衣に電話をかける。彼女に自分から電話をかけるのは、初めてのことだった。説明できない緊張感が、彼を襲う。
「ツー…ツー…」
呼び出し音が2回鳴った後、話し中になった。
「ちくしょう!」
彼は舌打ちをし、もう一度電話をかけ直したが、やはり話し中だった。
「くそっ!」
「社長」
運転手は、藤堂澄人が出てくると、すぐにドアを開けて待っていた。彼が九条結衣を罵るのを聞いて、運転手は内心で奥様に同情した。