九条結衣が苛立ったように眉をひそめて立ち去ろうとした時、藤堂澄人は慌てて彼女を呼び止めた。「明日の夜、ビジネスのパーティーがあるんだ。お前がパートナーとして出席してくれないか」
そう言った途端、九条結衣はまるで宇宙人でも見るかのような、不思議そうな顔で彼を見つめた。
その視線に、藤堂澄人は居心地が悪くなり、自信満々だったはずの表情が、少し曇った。
九条結衣の記憶では、藤堂澄人がパーティーに同伴する女性は、いつも妹の藤堂瞳だった。妻である自分の存在を認めていなかった彼は、当然、彼女をパーティーに連れて行くことはなかった。
当時の九条結衣は、藤堂澄人とずっと一緒にいられれば、それで満足だった。肩書きなど、どうでもよかったのだ。
しかし、時間が経つにつれ、藤堂澄人と共に人生を歩むことの方が、「藤堂家の奥様」の肩書きを得ることよりも、ずっと難しいのだと気づいた。
「瞳は今入院中だけど、靖子がいるじゃない?ずっとあなたの傍にいる彼女を、いつまで隠し続けるつもり?九条家は彼女を認めていないけれど、藤堂家に入れるのは簡単でしょう?」
結婚していることを公表しなかったのも、他の女性と噂にならなかったのも、全ては「藤堂家の奥様」という座を木村靖子のために空けておくためだったのではないか?
「藤堂社長、私をパーティーに連れて行って、私たちの関係がバレたらどうするの?」
九条結衣は皮肉っぽく笑った。「ビジネスの世界の人たちは、みんな勘が鋭いわよ。軽率な行動は慎んだ方がいいんじゃない?」
藤堂澄人なら、パートナーに困るはずがない。
藤堂瞳も木村靖子もいなくても、藤堂澄人のパートナーになりたい女性は、世界中に山ほどいるはずだ。自分が選ばれる理由など、どこにもない。
九条結衣の言葉に、藤堂澄人は何も言い返せなかった。
自分が結婚を隠していたのに、今更九条結衣をパーティーに連れて行けば、彼女の身辺調査をされるのは目に見えている。
ビジネスの世界では、人の身辺を調べることなど造作もない。誰かが調べれば、自分と九条結衣の関係がすぐにバレてしまうだろう。