ふと顔を上げると、九条結衣の少し後ろに、見覚えのある人影が見えた。その人影は、こちらに向かって歩いてきている。
冷たいオーラを放つその男に、周りの視線は釘付けになっていた。
木村靖子は微笑み、上目遣いで九条結衣を見た。
「お姉さん、もし藤堂社長のことで怒っているのなら、誤解よ」
九条結衣の言葉に、藤堂澄人は朝から気分が悪かった。
藤堂瞳の入院に、付き添いが必要なわけではない。それなのに、彼は病院に残り続けていた。
自分の気持ちが整理できない。ただ、九条結衣と離婚するわけにはいかない、そう思っていた。彼女と話をするために、オフィスへ向かおうとしたその時、木村靖子の声が聞こえた。
自分の名前が出てきたのを聞いて、思わずその方向に目を向けた。
九条結衣は、うんざりした顔で木村靖子に立ち塞がれていた。縋るような木村靖子の姿とは対照的に、彼女はどこか気だるげで、投げやりな雰囲気を漂わせている。それでも、その奥にある、人を見下したような傲慢さは、隠しようもなかった。
九条結衣の目は、まるで芝居を見ているかのようだった。木村靖子の、独り芝居を、ただ面白がっているだけなのだ。
「瞳が、私と澄人のことをお姉さんに話したんでしょう?でも、私たちに特別な関係なんてないわ。瞳にも、お姉さんに誤解されるようなことは言わないようにって、注意しておいたんだけど…」
木村靖子は唇を噛みしめ、悲しそうに言った。「まさか、お姉さんが誤解しているなんて」
九条結衣の表情は変わらなかった。内心では、木村靖子の演技力に感心していた。しかし、九条政でも藤堂澄人でもない九条結衣は、こんな芝居に騙されるほど愚かではない。
「木村さん、あなた、女優になったらいいんじゃない?」
九条結衣は皮肉たっぷりに言った。木村靖子は、その言葉に顔を青ざめ、さらに悲しみそうな表情をした。
「澄人?あなたには、澄人くらいしか自慢できるものがないの?」
九条結衣は、木村靖子を嘲笑うかのように見た。そして、藤堂澄人を見下すような口調で言った。