しかし、遠くで不機嫌そうな顔をしている藤堂澄人を見て、木村靖子は心の中で恐れるものなどないと思った。
それに、九条結衣がこのように彼女を困らせたとしても、藤堂家が彼女に借りがある一件だけを考えても、藤堂澄人は黙って見ているはずがない。
「お姉さん……」
彼女が何か言おうとしたが、九条結衣にいらだたしげに脇へ押しやられた。
「あっ!」
九条結衣にそんなふうに押されて、彼女は突然悲鳴を上げ、足を捻って、藤堂澄人の目の前で転んでしまった。
ちょうど食事の時間帯で、ロビーにはまだ多くの人がいた。
木村靖子が床に転んだ時の音が大きかったため、多くの人が彼女たちの方を見ていた。
木村靖子が痛めた肘を押さえながら、目に涙を浮かべて九条結衣を見つめる姿は、誰が見ても同情を誘うものだった。人々は「元凶」である九条結衣を複雑な目で見つめていた。
しかし九条結衣は、まるで見えないかのように、振り返りもせず、周りの視線など全く気にしていなかった。
二、三歩前に進んだところで、後ろから木村靖子の驚いた声が聞こえてきた。
「澄人さん、どうしてここに?」
九条結衣の足が一瞬止まり、すぐに何かを悟ったようだった。
さっきから不思議に思っていた。ちょっと押しただけなのに、なぜあんなに簡単に転んでしまったのか。
周りの人の同情を買うためだと思っていたが、こういうことだったのか。
九条結衣は皮肉な笑みを浮かべ、やはり振り返ることなく、背筋を伸ばして歩き出した。
「九条さん」
予想通り、藤堂澄人は彼女を呼び止めた。
彼女は足を止め、振り返って、相変わらず無関心な表情で「藤堂社長、何か?」
彼女は藤堂澄人が木村靖子を床から助け起こすのを見た。木村靖子は怯えた小鳥のように藤堂澄人の傍に身を寄せていた。
藤堂澄人は九条結衣の前に立ち、見下ろすように、深淵のような瞳で彼女を見つめた。まるで九条結衣を飲み込もうとするかのように。
九条結衣は眉をしかめ、嫌そうな表情を浮かべた。
二歩後ろに下がって藤堂澄人との距離を取り、そうすることで彼からの圧迫感が少し和らいだように感じた。
ほっとした瞬間、腰に突然力が加わり、再び藤堂澄人の前に引き寄せられた。
「藤堂澄人、話があるなら話してください。ここで引っ張ったり押したりして何をするんですか?」