九条結衣は、誰もが羨むような境遇に生まれた。一方、自分は九条家にさえ認めてもらえない隠し子だ。まるで、地面を這う蟻のように、惨めな存在だった。
生まれながらの劣等感が、九条結衣を前にすると、本能的に、恐怖心を抱かせるのだ。
九条結衣を恐れると同時に、嫉妬もしていた。同じ九条政の娘なのに、なぜ彼女だけが幸せな人生を送れるのか。
九条結衣は木村靖子を一瞥しただけで、無視して食堂へ向かって歩き出した。まるで、初めて会った他人のように。
木村靖子は複雑な気持ちだった。九条結衣を恐れているのに、こうして無視されるのは、やはり、我慢ならなかった。
彼女の体には、九条結衣と同じ血が流れている。母は、世間的に認められない愛人だったとしても、彼女も九条結衣も、同じ九条政の娘なのだ。
なぜ、九条結衣は自分を見下すような態度をとるのか?
「お姉さん」
もう一度声をかけたが、九条結衣は眉をひそめただけで、足を止めなかった。
無視されることが、木村靖子の闘争心に火をつけた。彼女は九条結衣の前に立ち塞がった。
九条結衣の目に、鋭い光が宿る。木村靖子は、その視線に恐怖を感じた。
「邪魔よ」
その口調は、あくまでも穏やかだったが、その声に込められた冷たさは、さすがの木村靖子も、たじろがせるほどだった。だが、今さら引き下がるつもりはなかった。
たとえ九条結衣に痛手を負わせることができなくても、彼女の気分を害してやりたい。
そう考えて、木村靖子はうつむき、唇を噛みしめ、悲しそうな目で九条結衣を見上げた。
「お姉さん、人は生まれた環境を選べない。母が愛人だったせいで、私は隠し子なの。もし選べたのなら、こんな境遇に生まれたくなかった」
彼女は、悲しそうな顔で、冷たい表情の九条結衣を見つめ、哀れっぽく訴えた。
「九条家に入ることも、お父さんの財産をもらうことも、お姉さんと争うつもりもないの。ただ、お姉さんがいることが嬉しくて…」
木村靖子の言葉は、九条結衣の冷たい視線に射抜かれ、途中で途絶えてしまった。そして、九条結衣は、わざとらしく驚いた表情を浮かべた——