九条結衣は目を伏せ、冷たい表情を消し、悲しそうにため息をついた。
「澄人、諦めて。私が間違っていたの。これからは、私たち、赤の他人として生きましょう」
懇願するような彼女の視線は、冷たく突き放す言葉よりも、藤堂澄人の心を深く傷つけた。
彼女は…自分から別れを切り出しているのだ。
そう悟った瞬間、藤堂澄人の胸に、あの慣れ親しんだ、それでいて、どうしようもなく戸惑いを覚える鈍い痛みが、再び洪水のように押し寄せた。あまりの痛みに、彼は身動き一つできなかった。まるで、少しでも動けば、心臓が引き裂かれてしまいそうだった。
まるで、出会ったことのない他人同士のように?
そんなことはできない。憎しみ続ける方が、彼女を忘れるよりずっと楽だ。
「恋は、本気になった方が負け、っていうじゃない。澄人、私は本気であなたを愛した。そして、惨めに敗北した。だから、今度こそ、諦めるわ。駆け引きなんかじゃない。本当に、あなたと離婚したいの」
九条結衣の言葉は、真剣だった。彼女の瞳には、悲しみと諦めが浮かんでいた。
かつて、彼に抱いていた強い想いは、もうどこにもないようだった。
藤堂澄人は、耐え難いほどの心の痛みを感じた。九条結衣は、彼の前から去って行った。
「早く離婚届にサインして。4年も経てば、色んなことが変わるわ。気持ちも冷める。離婚すれば、お互い新しい人生を歩める。それが一番いいと思う」
階段のドアを開ける寸前、九条結衣は振り返った——
「瞳の心臓は、もう限界よ。心臓移植手術をしないと、長くはもたないでしょう」
医師として、冷静に告げた。まるで、さっきまで自分の気持ちを吐露していたのは、別人であるかのように。
九条結衣は去って行った。藤堂澄人は、その場に立ち尽くし、眉をひそめていた。
「澄人、私は本気であなたを愛した。そして、惨めに敗北した。だから、今度こそ、諦めるわ…」
九条結衣が先ほど語った言葉が、彼の頭の中で繰り返されていた。一つ一つの言葉が、まるで彼女が実際に口にした時と寸分違わぬ鮮明さで、蘇ってくる。
藤堂澄人は、胸の痛みをこらえるように、拳を握り締めた。