まさか、私に未練が?

藤堂澄人の低い声が、九条結衣の耳元で響く。九条結衣は、呆れてため息をついた。

「藤堂社長、いつからそんなに自信過剰になったの?うちの病院の精神科を受診してみたら?精神科の主任と知り合いだから、割引してもらえるわよ」

九条結衣のきつい言葉にも動じず、藤堂澄人は腰に回した腕に力を込めた。

「俺と一緒に家に帰ろう。この4年間のことは、水に流してやる」

藤堂澄人の低い声が、九条結衣の耳元で囁かれる。彼の言葉は、九条結衣にとって理解しがたいものだった。

この男は、頭がおかしくなったのだろうか?

4年前に自分を家から追い出したのは、彼のはずだ。なのに、今更「家に帰ろう」とは、どういうつもりだろう。

九条結衣は藤堂澄人の表情を読み取れない黒い瞳を見つめ、皮肉っぽく笑った。

「まさか、4年も経って、私に未練ができたわけじゃないでしょうね?」

九条結衣は、藤堂澄人を突き放すためにそう言っただけだったが、彼は何も言わず、ただじっと彼女を見つめていた。まるで、彼女の言葉に驚いているかのように。

その隙に、九条結衣は肘で藤堂澄人の脇腹を突いた。不意を突かれた藤堂澄人は、思わず彼女から手を離した。

九条結衣は彼の腕から逃れ、急いで車に乗り込んだ。そして、エンジンをかけ、あっという間に走り去った。

窓ガラスはスモークがかかっていたので、藤堂澄人は後部座席の九条初に気づかなかっただろう。

九条結衣は深呼吸をして、自分に言い聞かせた。しかし、ハンドルを握る手には、無意識に力が入っていた。

藤堂澄人は、九条結衣に肘打ちされた場所を手で押さえながら、走り去る車を見つめていた。そして、小さく笑った。

運転手はさらに驚いた。社長が怒り狂うと思っていたのに、まさか笑うなんて。

もしかして、社長は九条さんに振り回されて、おかしくなってしまったのだろうか?

「よこせ」

運転手が社長の笑顔に呆然としていると、藤堂澄人は急に真顔になり、手を出した。

運転手は恐る恐る尋ねた。「社…社長、何を?」