恋愛ごっこ

「九条先生、20号室の患者さんが心筋梗塞を起こしました!すぐに行ってください!」

「はい」

九条結衣をぼんやりと眺めていた藤堂澄人は、突然の呼び声に我に返った。

九条結衣はカルテを手に、研修医と共に病室へと急いだ。

藤堂澄人はその場で待っていた。10分ほどして、九条結衣が病室から出てきた。大きく息を吐き、額には汗が滲んでいる。

ただ見ているだけで、胸が締め付けられるような気がした。

カルテを手に病室から出てきた九条結衣は、時間を確認するため、腕時計を見た。そろそろ退勤の時間だ。

毎日の習慣で、退勤前には担当の患者の様子を見に行くことになっている。

九条結衣はカルテに目を通しながら歩いていたため、目の前に人がいることに気づかず、ぶつかってしまった。

「すみません…」

そう謝りながら、カルテを閉じ顔を上げた彼女は、そこに立っていたのが藤堂澄人だと気づき、一瞬表情を強張らせた。しかし、すぐに感情を押し殺し、いつもの冷静さを取り戻した。

「藤堂社長、奇遇だね。妹さんの見舞い?」

冷淡な態度に、藤堂澄人は4年前の九条結衣を思い出した。いつも自分の前では大人しく、素直だった彼女とは、まるで別人だ。

特に、他人行儀な呼び方に、苛立ちを覚える。しかし、彼はそれを必死に堪えた。

「いや、迎えに来た」

九条結衣の呆れた視線を無視し、藤堂澄人は微笑んで言った。

「恋愛ごっこは藤堂社長には似合わないわ。さっさと離婚に協力してくれたら、感謝するくらいなのに」

九条結衣はそう言うと、背を向けて歩き出した。これ以上、彼と話をする気はなかった。

「結衣!」

「離婚」という言葉に、藤堂澄人の笑顔は消え、冷たい表情になった。

きっと、あの男と一緒に暮らすために、離婚を急いでいるのだろう。絶対にさせない。

認めたくはないが、嫉妬心に駆られた藤堂澄人の顔は、怒りで歪んでいた。

「離婚の話じゃないなら、仕事の邪魔しないで。あんたとは、もう話すことなんて何もないの」