「あなたへの未練は全て消え去った」という言葉に、藤堂澄人の怒りは消え、焦燥感だけが残った。
九条結衣はそう言うと、藤堂澄人の手を振りほどいて立ち去ろうとしたが、再び彼に引き止められた。
「結衣、もう一度チャンスをやる。離婚届を撤回しろ」
彼は彼女の耳元で囁いた。吐息の熱さが耳をくすぐり、九条結衣の敏感な耳たぶは瞬く間に赤くなり、背筋もピンと伸びた。
怒っているはずなのに、彼の行動はどこか挑発的で、甘い雰囲気を醸し出していた。
この数日、九条結衣には藤堂澄人の気持ちが全く分からなかった。
4年前に渡した離婚届に、彼が未だにサインしていない理由も、分からなかった。しかし、そんなことを考えている暇はなかった。
藤堂澄人の整った顔を見ても、もう何も感じない。
「あなたも、私を解放してあげたら?お互いのためになると思うけど」
「解放?」
藤堂澄人は冷笑し、九条結衣の顎を掴んだ。怒りのあまり、手に力が入る。
「結衣、俺はお前と結婚した時から、簡単には別れるつもりはなかった!」
彼女が過去に自分にしたことを、どうしても許すことができない。思い出すたびに、彼女を許せない気持ちでいっぱいになる。3年間、ずっと我慢してきたのに…
顎を掴まれ、九条結衣は痛みで眉をひそめたが、決して弱音を吐かなかった。
「それで?復讐してるの?」
「…」
藤堂澄人は黙り込んだ。復讐?そうなのかもしれない。
自分でもよく分からない。ただ、九条結衣と離婚したら、きっと後悔する。
彼女が何度も離婚を軽々しく口にするのを思うと、藤堂澄人の心の中では、抑えきれない怒りが燃え上がった。
しかし、痛みをこらえている彼女の目に涙が浮かんでいるのを見て、藤堂澄人は思わず力を緩めた。
九条結衣は、皮肉な冷笑を浮かべ、瞳には相変わらず負けん気の強さが宿っていた。「澄人、私たちはもう終わったのよ」
そして、背筋を伸ばして歩き出した。こんな時まで藤堂澄人に負けるわけにはいかない。ずっと負け続けてきたのだから、一度くらいは勝ちたい。