九条結衣が立っていたのは、ちょうどナースステーションの前だった。看護師たちは、藤堂澄人を見て、小声で噂話を始めた。
藤堂グループの社長は、一目見ただけで誰だか分かったようだ。
「ねえ、見て!あの人、藤堂澄人じゃない?」
「本当だ!テレビで見るよりずっとかっこいい!まさか、ここで会えるなんて。九条先生に会いに来たのかしら?」
「そういえば、4年前にも九条先生に会いに来てたわよね。もしかして、あの頃から知り合いだったのかしら?」
「知ってる、知ってる。10日前に藤堂瞳さんが救急搬送された時、担当医が九条先生だったのよ」
「いいなぁ、九条先生。藤堂さんと、あんなに親しげに話せるなんて」
「何言ってるのよ。九条先生と渡辺先生は付き合ってるんだから、九条先生が他の男を好きになるわけないじゃない」
「…」
看護師たちは興奮して噂話をしていたが、彼女たちが羨望の眼差しを向ける九条結衣が、かつて藤堂澄人の妻だったことを知る者は誰もいなかった。
藤堂澄人は、青い顔をしたまま、黙って九条結衣を見つめていた。看護師たちの噂話を聞きながら、彼の眉間の皺は、どんどん深くなっていく。
最後の言葉に、藤堂澄人は怒りがこみ上げてくるのを感じた。しかし、彼はそれを必死に抑え込んだ。
そして、九条結衣の無関心な態度に、怒りを通り越して笑ってしまった。「さっきの男が、お前の浮気相手か?」
九条結衣は、もう藤堂澄人に言い訳する気もなかった。彼の質問に、軽く答えた。
「ええ、そうよ。なかなかいい男でしょ?」
ここに来る前、藤堂澄人は、今回は必ず九条結衣と落ち着いて話そうと心に決めていた。だが現実は、九条結衣という女は、彼にまともに話をする隙を与えてくれなかった。
「藤堂社長、何か用事?なければ、邪魔なんだけど」
九条結衣は藤堂澄人の視線に耐え切れず、眉をひそめて立ち去ろうとした。しかし、彼に腕を掴まれ、引っ張られてしまった。
「澄人、何するのよ!離して!」