渡辺拓馬は何度も躊躇なく九条結衣の肩に手を置いたが、九条結衣は避けようとしなかった。
この光景を見た藤堂澄人の目には、とても不快なものに映った。
渡辺拓馬の顔と九条結衣に対する親しげな態度は、藤堂澄人の心の中の危機感をますます強めていった。
待て!あいつは彼女のことを何と呼んだ?可愛い子!
「くそっ!」
怒りを爆発させるように、目の前のハンドルに強く拳を打ち下ろすと、駐車場全体に耳障りなクラクションの音が響き渡った。しかし、九条結衣にはその音は聞こえていなかった。
車を降りて病院の建物に入ると、数人の看護師が無邪気な表情で何かを話し合っているのが聞こえてきた。その目には抑えきれない恋心が浮かんでいた。
「私の憧れの人が今日、九条先生を実家に連れて行くんですって。悲しい。」
「もういいでしょ。あの二人は病院公認のカップルなんだから、余計な事は言わないで。」
「恋が始まる前に失恋しちゃったのよ。慰めてくれてもいいじゃない……」
「……」
藤堂澄人は足を止め、看護師たちを見つめる目が恐ろしいほど冷たくなった。
九条結衣があの男と実家に行く?
そうだ、あの日電話で九条結衣があの男と話していたのを聞いたことを、もう少しで忘れるところだった。
濃い眉が急に下がり、その伏し目がちの瞳から冷たい感情が滲み出た。
「このいまいましい九条結衣!」
藤堂澄人のこの言葉は、歯を食いしばって発せられ、その身に纏う冷気は、藤堂瞳の病室まで続いていた。
「あれ?お兄ちゃん、また来たの?」
兄が自分を大切にしてくれているのは分かっているけど、一日に何度も来るのは、藤堂瞳にとっても少し受け入れがたかった。
でも、お兄ちゃんが来てくれて良かった。ちょうど靖子もいるし。
藤堂瞳は手を伸ばし、こっそりと木村靖子の袖を引っ張り、目配せをした。その様子は、明らかにチャンスを掴むように促していた。
「お兄ちゃん、松本秘書から今夜パーティーがあるって聞いたけど、女性の同伴者は決まった?」
女性の同伴者?
瞳に言われなければ、今夜のパーティーのことを忘れるところだった。
同伴者か、誰がいいだろう?
彼の頭に九条結衣の顔が浮かんだ。あの高慢な表情、澄んだ瞳、すべてを支配するような雰囲気……