客間を出ると、九条結衣は眉をひそめた。今日の言葉で九条政を黙らせることはできたものの、木村靖子を藤堂澄人に嫁がせたがっている九条政が、九条初を賭けるはずがない。しかし……
追い詰められた犬は壁を飛び越える。靖子を九条家に入れるために、九条政は彼女の予想外のことをするかもしれない。
九条初を藤堂澄人との争いに巻き込みたくない。早めに母に九条政と離婚してもらい、母の件が片付いたら、九条初を連れてアメリカに帰るしかない。
藤堂瞳の手術は三日後に予定されていた。手術当日、九条結衣が藤堂瞳の病室に入ると、病室には藤堂瞳の他に、藤堂澄人、植田涼、そして……木村靖子がいた。
木村靖子は九条結衣を見ると、目の奥に一瞬の凶暴な冷たさが走ったが、すぐに隠し、九条結衣に向かって、ただ薄っすらとした恐れの色を見せた。
九条結衣は彼女も藤堂澄人も見ずに、まっすぐ植田涼の方へ向かった。
「植田先生……」
「お義姉さん」
植田涼は声をかけ、表情は特に誠実そうだった。
藤堂瞳は九条結衣をお義姉さんと認めたくなかったが、前回夫の機嫌を損ねたことと、兄からの警告もあり、今回は何も言わなかった。
一方、木村靖子は植田涼が九条結衣をお義姉さんと呼ぶのを聞いて、心の中で更に怒りが募った。
九条結衣は澄人と離婚するはずなのに、なぜまだ彼女を義姉と認めるのか。そして澄人は……
彼女は前方で黙っている藤堂澄人を見つめた。その表情からは何の感情も読み取れなかったが、明らかに植田涼が九条結衣をお義姉さんと呼ぶことに対して、不満は全くないようだった。
「手術は30分後に予定されています。重要な事項をもう一度確認させていただきます」
九条結衣はまっすぐ前を見たまま話し始めた。まるで病室には植田涼一人しかいないかのように。
「はい、お義姉さん」
植田涼が口を開くたびにお義姉さんと呼ぶのを聞いて、九条結衣は眉をひそめずにはいられなかったが、それでも非常に形式的に手術の注意事項を植田涼に説明した。
「全て理解されましたか?」
「はい、理解しました」
「では、ここにサインをお願いします」
九条結衣は手に持っていた手術同意書を植田涼に渡した。植田涼はそれを一読し、すぐに署名した。
「では、手術の準備に行ってまいります」
「お義姉さん、ご苦労様です。瞳のことをよろしくお願いします」