080.完全無視する彼を

しかし、藤堂澄人は少し苛立たしげに眉をひそめ、藤堂瞳の言葉を全く無視して病室を出て行った。

木村靖子の顔色が急に青ざめたが、少しの不満も表に出すことができず、逆に藤堂瞳に言った。「あなたったら、私は子供じゃないのよ。病院で誰かに虐められるなんてことないわ」

「それはわからないわよ。この病院は九条結衣の同僚ばかりだし、彼女があなたを狙い撃ちにするかもしれないわ」

藤堂瞳は呆れたように目を転がした。木村靖子はただ横に座って苦笑いするだけだった。

「心配しないで。九条さんとは誤解があるけど、結局は私の姉なのだから、そんなことはしないはずよ」

口では寛容なことを言っているものの、あのパーティーの夜、トイレで九条結衣から受けた屈辱を思い出すと、彼女を八つ裂きにしたい気持ちでいっぱいだった。

藤堂瞳は以前、木村靖子と九条結衣の関係について聞いていたので、木村靖子がこの話題を出した時、顔色が悪くなった。

「あなたのお母さんもひどいわね。何でもいいから他人の愛人になるなんて。あなたが九条結衣の前で顔も上げられないのも当然よ」

自分の妻のそんな嫌悪感たっぷりの口調を聞いて、傍らの植田涼は今、笑うべきか迷っていた。こんな遠慮のない物言いで、木村靖子を怒らせないか心配だった。

彼女が嫌悪感を示している愛人は、木村靖子の実の母親なのだから。

木村靖子の青ざめた顔色を見て、自分の妻の全く気付いていない様子に、植田涼は口元を押さえ、必死に笑いを抑えながら、何も聞こえなかったふりをした。

植田涼の予想通り、木村靖子は怒りで顔が真っ青になり、爪が手のひらに食い込みそうなほどだったが、相手が藤堂瞳だったため、怒りを表に出すことはできなかった。

藤堂瞳は自分の言葉が木村靖子を怒らせていることに全く気付かず、九条結衣の話題を続けていた。もちろん、彼女の口から九条結衣についていい話は出てこなかったが、それが木村靖子の気持ちを少しは慰めた。

三十分後、藤堂瞳は手術室に運ばれ、藤堂澄人、植田涼、木村靖子の三人が手術室の外で待っていた。九条結衣が入ってきた時、彼女が目にしたのはそんな光景だった。

藤堂澄人に一瞥をくれた後、緊張した表情で顔の線が引き締まっている植田涼の方を向いて言った。「心配しないで。すぐに終わりますから」