「藤堂社長」
「橋本院長」
藤堂澄人はベッドの横から立ち上がり、橋本院長の前まで歩いて行き、軽く頷いて挨拶とした。
「藤堂社長、藤堂さんの状態については、結衣から聞いていると思いますが、もう一度お話しさせていただきます」
橋本院長は真剣な表情で話し始めた。藤堂瞳は九条結衣の名前を聞いて、顔に自然と嫌悪感が浮かんだが、自分の病状に関わることなので、当然聞かなければならなかった。
「藤堂さんの状態は深刻で、もうこれ以上先延ばしにはできません。早急に心臓移植手術を行うことをお勧めします」
実際、藤堂家の財力と影響力があれば、藤堂瞳の移植手術はとっくに行えたはずだった。
しかし、藤堂瞳は臆病で、手術台で死んでしまうのではないかと思い込み、どうしても承諾しなかった。
今回は妊娠も重なり、心臓への負担がさらに大きくなって、心不全の状態まで進行している。これ以上先延ばしにはできない状況だった。
藤堂瞳も心の中では分かっていたが、それでも怖かった。手を植田涼の手にしっかりと握りしめ、目には隠しきれない恐怖の色が浮かんでいた。
「では橋本院長、早急な手配をお願いします」
藤堂澄人の口調は相変わらず淡々としていたが、目に隠された心配の色は隠しきれていなかった。
「分かりました。適合する心臓が見つかり次第、すぐに藤堂さんの手術を手配いたします。執刀医は先日藤堂さんを救命した九条先生です。ご安心ください。九条先生の医術は絶対に問題ありません」
藤堂澄人は九条結衣と婚姻届は出していたものの、結婚式は挙げていなかった。
彼の言葉によれば、九条結衣との結婚は譲歩の限界であり、自分が認めていないこの婚姻関係を公にすることなど考えられないということだった。
当時、九条総長は多少の不満を持っていたが、孫娘が相手のことを好きで、相手の言うことすべてに同意するため、最終的には認めるしかなかった。
そのため、藤堂澄人の結婚については一部の人間しか知らず、彼の妻の身元についてはさらに知る人が少なかった。当然、橋本院長もその例外ではなかった。
「何ですって?九条結衣に手術をさせるんですか?」
藤堂瞳の声には明らかな拒否感が込められており、橋本院長の微笑んでいた口元が固まった。
「藤堂さん、九条先生に何か誤解があるのでしょうか?」
橋本院長は困惑した様子で尋ねた。